第47話 やる気スイッチが入ったネズミたちの特別仕様なの!?

『ぢぢっ!ぢぅ。』

「あああ‥‥ごめんね、こんな時なのに笑っちゃって。けどなんだかあなたたちを見ていたら、少しだけ安心出来たわ。」


 ハディスに関係のあるネズミ達だってことしか分からないけど、以前にオルフェンズと3人で素材を取りに行った時、わたし達を襲って来たトレントに攻撃を仕掛けていたような気がする。もしかして、ううん、間違いなくこの子は味方で、今回もハディスを助けようとしている様な気がする。


『ぢゅ。』


 そうだよ。って言ってる気がする。


「同じね。わたしもハディス様を助けたいし、逃がしてあげたい‥‥けど、今はそれが出来ないの。」


 だから、余計に歯痒い。ハディスは、わたしの代わりに自ら進んで戦闘に加わっているから、連れ出しに行っても大人しく付いて来てはくれなさそうだ。力尽くで連れ出そうにも、とんでもない膂力りょりょくアップチートを持っているみたいだし、とてもじゃないけど非力な令嬢のわたしではかなわない。ハディスが戻るのはきっと、この戦闘が無事終わった時だろう。


「でも何とかしたいの。早くあの戦いを無事に終わらせるためにすぐにでも飛んで行きたいけど、どうしたら手を貸せるのか見当もつかなくて悔しいの!分かる?」

『ぢゅ!』


 おぉ!種族を超えて同意が得られたぞ!?大ネズミだけじゃなくって、小さい方のネズミ達も頷いてる気がする‥‥。何だか心強いな。と思ったら大ネズミが後ろ足2本で立ち上がり、片方の前足を差し出して来る。これはもしや――ハイタッチへのお誘い!?いや、位置は低いけど贅沢は言わないわ。


「気持ちは一緒って事ね!じゃあ、同志のハイタッチ!」

『ぢ!』


 相変わらず触れない大ネズミとエア―ハイタッチを交わすと、大ネズミはくるりんと背後の小ネズミたちを振り返り、『ぢぢぢっ!』と何かやる気に満ちた鳴き声を上げている。そして、ネズミの団体は勢い良く草原の先、戦闘が続いている砦に向かって駆け出して行く。なんだかその後姿が頼もしい。実体の無いネズミ達だから戦闘に巻き込まれることも無いだろう。


「みんな!わたしの分も戦ってる人たちを応援してあげてね!!あなたたちも気を付けて!」


 頑張れー!と見送っていると、緋色のネズミの群れが、ふわりと明るい桜色に輝き始める。何あれ!?やる気スイッチが入ったネズミたちの特別仕様なの!?わたしの応援が変なスイッチを入れちゃったの?


「なっ‥‥!馬鹿な。」

「ふっ、やはり桜の君は面白いですね。」

「不公平です!貴方達には何が見えているんですか?」


 ネズミたちの後姿を見送るギリムとオルフェンズが同じように驚いているけど、見えていないヘリオスは不貞腐れたように「むぅ」と頬を膨らませている。その様子をちらりと見たオルフェンズが、わたしに視線を合わせて薄い笑みを浮かべる。


「そうですねぇ、赫々かくかくとした輝きを放つ桜花が、その薫香を一陣の花嵐に乗せて、澱む大地の穢れを祓い除けんと駆け行く姿を見送ったのです。」

「緋色のネズミの群れが光りながら向こうへ駆けて行ったのよ。」


 過大評価、華美表現が恥ずかしいからー!謡う様に言葉を紡ぐオルフェンズに慌てて言葉を重ねたわたしを、ヘリオスとギリムが揃って気の毒そうな目で見る。居た堪れない‥‥。


 程なくして、トレントと衛兵ら人間達の戦闘区域に光るネズミの群れがたどり着き、そこから更にあちこちへと散らばって移動して行くのが見えた。戦場各所へ満遍なく散らばった彼らの光は、紫紺と緋色が随分薄くなってしまったカヒナシの衛兵、戦闘冒険者等、人間の纏う光に追加されて、戦い始めた時と同じ様に、再び強い色彩を取り戻して行く。すると、人間たちの動きがまた精彩を取り戻し始めて、トレントが押され出し、戦況は、あっという間に良い方向へ変わって行った。


 平野に出ているトレントが、勢い付いた人間達の攻撃によって再び出て来た森へ向かって押されて行くと、森の中で蠢いていたトレント達はそれ以上の平野への侵攻はして来なくなり、森の外縁間際までざわざわしていた木々は、そのざわめきを深部へと移して行った。


 砦の傍で暴れ回っていたトレント達も、1体‥‥2体と、森へ後退して行く。3体、4体、そして最後の5体目が、主だった枝を刈り取られた状態で、辺り一帯に響き渡るような奇声を発しながら森へ飛び込んで行く。後を追っていた衛兵たちは、森へは入らずに平野で武器を構えたまま、戻って来るトレントがいないか戦闘態勢を崩さずに待機している。


「森が、静かになって行くわ‥‥。」


 目に入る景色の中、すでに意思を持って動く木は存在していない。遠くに微かな葉擦れの音が聞こえるだけだ。無事にトレントを始めとした魔物・魔獣を森の深部へ追い返すことが出来たんだと、じわじわと安堵の気持ちが沸き上がって来る。


 どれだけの間か、ただ静かになった森を衛兵たちと同じ様にじっと見詰め続けていたわたしたちは、やがて、森から逃げていたのであろう鳥たちのさえずりが聞こえ出すと、誰からともなく深く息をいた。


 討伐はならなかったけれど森へ押し戻し、更なるトレントの侵出を防ぐことができた。

 目の前には凪いだ森が広がっている。


 後は、一刻も早くハディスの無事を確認したかった。

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