第45話 わたしにあんまり構わないでー!
イシケナルの言葉に少し思考がフリーズしてしまった。ただの「小娘」呼びをしておきながら、ガテン系の代名詞のような「戦い」に手を貸せと?
「公爵様?わたし、何の戦闘経験も指揮経験もない王立貴族学園在籍中の、ただの小娘なんですけど?」
「それがどうした。継承者だろう?」
「は??」
「何だ?」
コノヒトハ ナニヲ イッテイルノダロウ?と、互いに睨み合っていると、またオルフェンズの腕が背後から伸びて来て、今度こそがっしり両腕でホールドされた。
「紫の小僧。桜の君に勝手をすることは認めん。」
「なんだ!?貴様‥‥いや、蓬萊の玉の枝の――だったか?」
今度はイシケナルと、わたしの背後にぴたりとくっついているオルフェンズが睨みあっているのだろう。わたしを間に挟んでしばしの沈黙が続く。
「銀の!くっつき過ぎじゃない!?」
「赤いのこそ、この大ネズミを何とかすべきではないですか。鬱陶しくて仕方ありませんよ。」
「お姉さまは誰のものでもありません!貴方達こそ僕たちよりずっと年上のくせに、少しは自重を覚えたらどうですか?!」
緊急事態中だよね?話す内容だけ聞いていたら脳内お花畑か?!って言うか衛士や使用人が大勢居る中こんな会話をしてるなんて‥‥いや、居たたまれないわ!
「オルフェは確かに距離が近すぎ。他人との距離感をもう少し考えて。ハディス様は隠し事が多すぎて今一つ信頼しきれません。イシケナル様は勝手が過ぎます。他人の事をもう少し考えてください。」
だから、わたしにあんまり構わないでー!との思いを込めて言ってみる。
「ふん、私は王家に連なる公爵家の当主だ。
「面倒な。あくまで桜の君に関わる気か。ならば――。」
『ぢぢっ!!』
目の前に微かに白銀に輝く粒子現れたと思ったら、大ネズミが騒いでオルフェンズの顔に飛び付き、さすがにオルフェンズも慌てて払い除けようとする。触れないけどね。お陰で拘束は外れて、白銀の紗は降りずに霧散した。
「お姉さま!」
「セレネ嬢!」
「「こっち!!」」
ヘリオスとハディスが慌てた様に私の腕を引いて、オルフェンズから距離を取りつつ2人の間に隠された。
「蓬萊の玉の枝のに邪魔をされると手出しが難しかったが、妨害してくれたのは有難い。私がその小娘を貰い受けようか。」
「お姉さまに敵対しないって約束したではありませんか!」
「敵対ではない。協力してもらうだけだ。」
そう言いつつ、紫色の魔力を全身から噴出するのは何でかな!?魅了する気、満々じゃない!ただ働きさせる気、満々じゃない!それにヘリオスまで巻き込む気!?冗談じゃないわ!!
「あんまり僕の事を甘く見られるのは、納得いかないんだけどね。」
ハディスが深い赤――緋色の魔力を全身に纏い、おもむろに右足を後方へ振り上げて、ボールを蹴るみたいに弧を描きながら勢い良く前へ突き出す。
ガゴンッッ、ゴッ
堅い、硬い、鈍い音がして、大きな石の固まりがハディスの足元からイシケナルをかすめる様に飛んで行ったけど、あれってもしかしてこの大理石っぽい床を砕いたの!?
「ちぃっ!」
イシケナルは咄嗟に魔力を止めて顔の前に両腕を組む防御の姿勢を取り、衛士や執事がその前に身体を投げ出して彼を守ろうとしている。けれど、ハディスの蹴った床石は、既に正面の壁にめり込んでいる。人間離れした力技だけど、紫色の魔力を物理ではね除けられるなんて凄いわ!わたしに真似出来ない方法なのが残念だけど。
「継承者の手が要るなら僕が協力する。王都の隣の騒ぎだし、放っておくことも出来ないからね。僕の力は見ての通りだけど、どうする?」
怒っているはずのハディスが、張り付けた貴族らしい笑みをイシケナルに向けると、若干顔色を悪くしながら「ご助力‥‥有難く頂戴する。」と絞り出すように言った。良かった、これでわたしは紫色の魔力を向けられることも無く、晴れて自由よね!それなら。
「今までに無い行動を取るトレント‥‥気になるんだけど離れて見て良い?」
新たな素材――いえ、新種や亜種の魔物かも!?とちょっぴりワクワクしながら、怒らせると怖いヘリオス、ハディスを中心にそろりと表情を伺い見てみる。
「駄目です。駄目に決まっているでしょ、お姉さま!?」
「一方的な討伐じゃなくて戦闘だからねー?危険だよ。」
あっさり却下された。うぬぅー。
「桜の君のご要望を叶えるためなら、この私の魔力などどれだけでもご提供して差し上げますよ。」
「銀の、止めてよ。さっきの話の後だよ?セレネ嬢、君と銀のを2人きりにしたら何年も先に連れ去られちゃうよ。」
「それは困ります!僕もお姉さまに付いていきます」
「なら俺も付いていこう。他の継承者と言うのにも興味があるからな」
ちょっと見てみたかっただけなのに、どんどん人が増えて、ギリムまで参加表明してきちゃった!まぁ、良いんじゃないかなぁ。沢山いた方が心強いし?なんとなくワクワクして来ちゃうのは不謹慎かな。
「バンブリア生徒会長、学園長として言うなら砦を見に行くことは勧めん。元この領地を護る公爵としては一人でも多くの継承者や、継承者候補が来る事は有り難いが、15歳の男爵令嬢セレネ・バンブリア個人を思うなら、戦闘など見ない方が良いと断言しよう。後悔することになるぞ。」
そんな風に浮かれるわたしに、学園長が深刻そうな表情で伝えてくれた言葉を、その時のわたしはよく理解すること無く、急かすイシケナルに気を取られてシンリ砦へ向かってしまった。
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