第44話 「取扱注意」だし、「混ぜるな危険!」だし。
ヘリオスがすかさず視線を険しくして、イシケナルとわたしの間に身体を割り込ませた。これで、わたしとイシケナルの間には、ハディス&ヘリオスの二重障壁が出来上がったわ。超強力な防御布陣ね!
「公爵?いくらお姉さまが規格外とは言え、魔物を動かすようなことは流石に出来ませんよ。」
「そうよ!大木トレントなんて、上からだけじゃなくて土の中からも攻撃してくるような厄介な魔物よ?逃げるだけで精一杯なわたしに、一体何が出来るっていうのよ。」
「お姉さま?それ、いつの話ですか?僕が一緒に行っていない時ですよね。」
すかさずヘリオスが眉間に皺を寄せて勢い良く振り返った。
嫌ぁねぇー。細かいところに気付きすぎよ!ハディスまで、あちゃーって感じでこっちを見るし。それを見たイシケナルが、何だか確信に満ちた笑顔を浮かべつつあるのが、腹が立つわ。早くも二重障壁が崩壊しちゃったじゃない。
ヘリオスが、ちらちらとわたしとハディスの間で視線を行き来させてるから、もう分っているんじゃないかなぁ。
「この服の素材採取の時よ。」
くいくいと、腰に取り付けられたミニのフレアスカート部分を引っ張ってみせると、ヘリオスは「はぁー」と溜め息をつく。
「採取方法についても聞いておくべきでした。あの時ですか‥‥
ヘリオスのセリフを聞いて、ハディスの表情が固まり、背後から微かに笑う気配が伝わったのは気のせいだろうか‥‥?ヘリオス、複雑なところ蒸し返さないでー!
焦っていると、学園長がこほんと咳払いをして、じっとこちらを見てきた。
「バンブリア生徒会長、シンリ砦の在る森に現れるトレントは、ただ徘徊し、邪魔をするものを大枝で叩き潰そうとするだけだよ。地中からの攻撃など、私が領主だった間や、それまでの報告にも上がったことは無いが、間違いは無いかの?」
「そうなんですか?」
学園長が無言で頷く。わたしだってたまに試作材料を採取しに行くくらいだし、大木トレントを何体も相手に戦っている戦士や冒険者じゃないから、一般的な大木トレントと比較するのは難しい。
「ハディス様、オルフェ、知ってました?」
「僕は素材採取なんてしたことなかったからねー。あの時は色々初めて尽くしで、トレントにしても危険だとは思ったけどそんなものだと思ってたからねー。」
「愉しかったですねぇ。」
そうだよねー。わたしたち、参考になる気がしないわ。大木トレントが1番の脅威だったなら、2番目がオルフェンズの短剣投擲だったから。
「あーはい、学園長、間違いないと思います。」
思わず遠い目になったわたしを、学園長は一瞬不思議そうに見遣ったけど、すぐに自身の思考に没入したらしい。
「魔物の動きや生態に変化があったと?王都と、それに隣接するこの領地――異変はトレントだけか?いや動物形魔獣とも言っておったの。こやつらも、これまでの同形魔獣とはひと括りに考えん方が良いかもしれぬ。」
「急ぎ、衛士・衛兵並びに戦闘経験のある冒険者を集め、シンリ砦防衛及び街の守備へ人員を充てよ!魔物・魔獣の類いは深追いせず、追い払うことに重きをおけ!」
腕を組んで考え込んだ学園長とは対照的に、イシケナルは衛士や執事をはじめとした使用人へ次々と指示を飛ばす。受けた者達は、速やかに動き――出さない?何故かイシケナルをじっと見詰めて頬を染めている。
「公爵様?漏れてますわ!」
「はっ??」
イシケナルが険しい表情でこちらを睨み、わたしの声の聞こえた者達がぎょっと目を剥き首を下へ向ける。
「おっ‥‥姉さま?不敬ですよ!」
ヘリオスが慌てたように言って、ようやくみんなの視線が下へいったことに気付いた。
「あ!ちがっ‥‥ちがいますっ!!そうじゃなくて、魅了の秋波がただ漏れてるってことよ!緊急時にまで見惚れて役に立たないなんて、大丈夫なの?って!」
「この小娘‥‥。」
苦々しげに呟くイシケナルのセリフを遮るように、わたしの目の前で振り返ったヘリオスが両手をわたしの口に押し当てて「だからお姉さまは、どうしてそう事を厄介にする言葉を選んでしまうんですか!?」と小声で怒られた。うん、ごめん。
「仕方ないのではないかの。『燕の子安貝』の継承者、つまり魅了の魔力とは強力に惹き付ける力でしかないのだからの。」
学園長が苦笑を向けてくる。かつて継承者候補であった学園長の魅了は、駄々漏れてはいない。イシケナルがそれだけ規格外ってことなのかな。
「バンブリア生徒会長、よく覚えておくと良い。神器の継承者はそれぞれに強力な魔力を持つが、単独では不充分な力でしかないのだよ?」
「はい?」
何でわたしが覚えておかなきゃいけないんだろう?もしかして、『蓬萊の玉の枝』のオルフェンズと、『火鼠の裘』のハディスが、わたしと一緒に居るから、ちゃんと取り扱いを理解していないと大変だよ・って事なのかな?うん、確かにこの2人は得体が知れないから「取扱注意」だし、一緒に居させるとすぐに物騒なじゃれあいをして危ないから「混ぜるな危険!」だし。そう云うことかな?
うんうん考えている間に、イシケナルの指示は終わっていたらしい。衛士たちは、彼の近くを護る数名を残して、この場を去っていた。そして、わたしに視線を合わせて一言。
「小娘、緊急事態
「は??」
何で?わたしただの男爵令嬢なんですけど?
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