第42話 火急って言ったよね?

 悶々とするわたしを余所よそに、2人の間では話がまとまってしまった様で、イシケナルが軽く鼻をすすりながら「分かった‥‥。」と呟いている。


「イシケナル様!あなた様には私が付いております!」


 絶妙なタイミングで執事が声を掛けると、その他の使用人や衛士たちが我も我もと声を掛けてゆき、最初はただ目をみはっていただけのイシケナルだったけれど、次第に余裕のある笑みへと変わって行った。


「そうだな、これ以上欲しがらなくても、既に私には優秀な部下たちが居るのだった。」


 最後の1人が声を掛けたところで、イシケナルはこれまでのぎらついた笑みではなく、晴れやかな笑みを浮かべていた。うん、こうして見るとイシケナルも普通に美丈夫だったのね、この状態ならファンが多いのも納得だわ。


「それなら、この娘さんへの攻撃は控えんか?」

「繰り返す様なら僕は立ち去ります。僕の力は、これまでに、ここでお見せした通りですから。」


 学園長に続いて、ヘリオスがどこか威圧的な笑みを浮かべて言うと、衛士たちがじり‥‥と後退あとじさる。一体何をやったのかなー?と不安は尽きないけれど、イシケナルが「そうですね。これ以降のバンブリア令嬢への敵対行為は致しません。」とはっきりと告げたことによりようやく、終わった‥‥と言う空気が流れた。




「ほっとしている所だと思うけど、セレネ嬢?僕たちが言いたい事は分かっているよね?」


 ハディス様が張り付けた笑顔で振り返った。語尾も伸びていないし、多分すごく怒っている気がする。


「ハディス様、えーっと、出来れば手短にお願いしたいんですが。あと、わたしもお伺いしたいことがあるんですけど。」

「駄目。まず、反省してもらわないと。君、次から次に色々やってくれるから、駄目なことをしたら、その場で注意しなきゃ分からなくなっちゃうでしょ?」


 それは犬の躾と同じじゃないかなぁー。わたしってどんな扱いよ。ヘリオスまで難しい顔をして、うんうん頷いてるし。貴方の推しのお姉さまが犬と同じ扱いをうけてるんだよー?


「可能なら、まずは奔放すぎるお姉さまの矯正がしたいですけど、お姉さまはあらゆる面で強固すぎて僕の手には負えませんから。」

「んなっ!?」


 いきなりの矯正不能発言に、どんな癖の強い人間だと思われているのよ!?と、あまりの衝撃に言葉が見付からず、ただ口をパクパクするわたしにハディスとヘリオス、そして何故かギリムまでもが目配せしあって頷いている。そして、それを聞いたイシケナルや衛士達が信じられないものを見る目でわたしを見てくる。わたし、狂犬から珍獣へランクアップしたみたいね。


「まずは、危険なことに進んで顔を突っ込まない。じっと待つことも覚えて?あと、約束を守ること。繰り返すよ?止まれ、待て、守れ。簡単だよね?」


 最後の「守れ」が「回れ」に聞こえたよ。駄目だ、また犬化が進んだかしら?


「大丈夫よ!わたし、そんなに言われなくてもちゃんと出来るわ。それに今回の事で分かったけど、わたしやっぱりしがない商会令嬢でしかないもの。だから出来ることなんて、そう多くないもの。」


 これで安心してくれたかと思ったら、ヘリオスとハディスには、大きな溜め息をつかれた。


 何となく、その場が安穏な空気に包まれたところで、屋敷の遠くからバタバタと人がせわしく動く音が聞こえてきた。次いで、大きく声を張り上げているのも聞いて取れる。そう、ここではない場所でも、間違いなく何か騒ぎが起こっている。


「何事だ。」


 執事の指示で様子を見に行っていた衛士が戻るなり、イシケナルが尋ねた。


「はっ、お伝え致します。」


 衛士は、イシケナルに直接声を掛けられた喜びを隠すことなく、高揚した顔で、笑みを浮かべながら大声で告げる。


「カヒナシ自然区域のシンリ砦より、伝令が来て居るようです。イシケナル様へ火急のしらせとのことですが如何いかが致しましょうか。」


 これ、急ぎの報せで騒ぎになっていたんじゃなくて、誰が伝えに行くかで揉めたんじゃないでしょうね――ってくらい、ニコニコだ。けど、イシケナルにしたら普通の事なのか、それを気にしない様子で報告を受けている。火急って言ったよね?締まり無さすぎて駄目だよね?ヘリオスを見たら目が合って、深刻な表情で「でしょ?」って感じに頷かれた。


「砦から?このカヒナシ地方の中央にあるシンリ砦が他領地から脅かされることもあるまいに、何が起きたと言うのだ。構わん、すぐにここへ通せ。」

「では、お客人達はこちらへ。ご案内致します。」


 すかさず執事が、クロノグラフ学園長、ハディス、オルフェンズ、ギリム、ヘリオス、そしてわたしに、応接室へ向かうよう誘導を始めようとする。けれど、クロノグラフ学園長は首を横に振った。


「自然しかないシンリ砦から火急の用件とは、ちと嫌な予感がする。私も同席して構わんな?」


 有無を言わせない学園長に、執事は狼狽えたけど、前公爵に強いことは言えないのか、不承不承といった様子でイシケナルに視線を送る。若干眉間に皺を寄せたイシケナルだったけれど、そうこうしている間に、室内で遣えるきらびやかな装束の衛士に肩を支えられながら、身体の半分を覆う防具を纏った衛兵が、泥にまみれたままの格好でやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る