第40話 やっばーい!取り込まれちゃう!!

「欲しい‥‥。」ぽつりと呟かれた言葉に、嫌悪感が沸き起こった。


「セレネ・バンブリア!どうだ、私に遣える栄誉をやろう!もうお前の命は狙わん。そして、私の元で存分に力を振るわせてやろう!!」


 どうだ素晴らしいだろうと言わんばかりの態度で両腕を広げて、わたしに満面の笑顔を向けて来る。


 はぁ?!


 ――と思ったのはわたしだけではなかったみたいだ。3人分の殺気が至近距離から放たれた。って、え?ちょっと待って、3人分?護衛ズだけじゃなくて、ヘリオスまでそんな物騒なもの持ってるの!?


 動揺したのはわたしだけではなかったらしい。衛士達やイシケナルもたじろいでいる。


「んなっ?!なんだ、その態度は?!光栄だと這いつくばって礼を言うところだろ?それなのに何だ!その不遜な態度は!!」


「「は?」」と、予期せず声が揃った。勿論わたしとヘリオスの声だ。ついでに冷ややかな視線も揃っている事だろう。イシケナルが顔を引きらせて、進み出ようとしていた足を引いた。護衛ズは、表情には表してはいないだろうけど、殺気は先ほどと変わらず、いや、むしろ強くなっている。直接殺気を向けられていないわたしもゾクリとするものがある。


 強張った表情で「ひゅうっ」と息を吸ったイシケナルが、救いを求めるように衛士や使用人に視線を巡らせると、視線が合った側から彼らはイシケナルを安心させるかのように笑顔を浮かべてゆく。


「イシケナル様に求められるなど至上の誉れです!」

「素晴らしく、美しい貴方様に御声を掛けていただけるなど、至福でないわけがございません!

「イシケナル様のご威光を分け与えて頂ける、またとない好機が分からぬなど愚鈍な輩でしかありません。私の貴方を讃える声こそが真実です!」


 全員が次々に賞賛の言葉をここぞとばかりに延べ、イシケナルの表情は言葉が紡がれる度に徐々に元気を取り戻して行く。


「ふっ‥‥そうであるはずだ!そうだな!そうだ!お前も私の素晴らしさに思わず臆し、思ってもいない言葉を口走ってしまったのだな!」


 完全復活したのか、揚揚と顔を上げたイシケナルが、再びわたしに向かい自信に満ちた笑顔を向けて来る。けれど、こちらの気持ちを全く慮ろうとしないその顔は、どんなに整っていたとしても醜悪にしか見えない。

 確かに王家の次に高位な家格である『公爵』を家名に頂く彼であれば、何でも思い通りに動かせてしまう権威があるだろう。ましてや強力な魅了持ちなら、尚更思い通りになる事ばかりだったのだろう。思えば、このミーノマロ家には魅了で支配するイシケナルと、彼を盲目的に認め信望するだけの部下だけから成る上下関係しか存在しない。バンブリア商会の中で、皆でアイディアを出し合い、協力してより良いものを作り出し、共に事業を拡大して来たわたしたちからすればとても歪な関係にしか思えない。そう考えると、強気な笑みを浮かべるイシケナルが憐れにしか思えなくなってしまう。

 そっか、だからヘリオスはそんな彼に思い通りにならないものがあって当然だということを伝えようとして、ここに残ろうとしていたのかな。偶然知り合った、思い通りにならないわたし達の存在が許せない、彼の眼を覚まさせようと?なんて健気な弟なの!?そんなの姉として黙っていられないわよね!


「みんな。勝手ばっかり言って悪いのは分かってるけど、少しだけあの公爵と話させて欲しいの。お願いします。」


 ヘリオス、ハディス、オルフェンズの順にじっと視線を合わせていく。誰も、納得の表情は浮かべていなかったけど、反対もされなかった。だから、繋いだ手をそっと離して、ツカツカと歯切れ良い靴音を立てて、イシケナルへ歩み寄る。


 イシケナルは、わたしが手元へやって来て当然といった笑顔でこちらを見ているし、勿論彼を敬愛している衛士達は、主の意に反しての妨害はしない。

 ただ、その背後に立つギリムは怪訝そうに目を眇めて、こちらの意図を読み取ろうとじっと見詰めている。学園長がその側へそっと近付くのが見て取れた。


 イシケナルの正面、けれども手が届きそうで届かない、二歩ほど手前でわたしは足を止める。


「貴方の側に行くことは、わたしにとっては何の意味も、何の価値もありません。ですから、わたしは何も得るものがない貴方の側に行くことは絶対に有り得ません。わたしは損得に敏感な商会令嬢ですから。」


 しんと、空間が静寂に包まれる。

 けどそれは一瞬の事で、すぐにイシケナルの苛立たしげな「価値がないだと‥‥?」と云う呟きとも、唸り声ともつかない言葉が響く。


「生意気なっ、けどお前は私の所へ来る。自らな!」


 激昂した声が上がるのと共に、紫の魔力がぶわりとイシケナルから溢れ、大波が被さるように、わたしの頭の上から圧し掛かって来る。吐き気と、悪寒と、払い除けたい気持ちと――ゆだねたい気持ちがぐちゃぐちゃに入り交じった最悪な心地に虫を払うように両腕をバタバタ動かす。


 って、委ねたいって何よ!?やっばーい!取り込まれちゃう!!

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