第39話 何その伝説の大魔道師な感じ――?!

「何なんだお前達は!グルだったのか?お爺様までっ!」


 イシケナルが、令嬢らしさを演じる気が完全に無くなったギリムと、彼女を同行してきた学園長へきょろきょろとせわしなく首を行き来させて叫ぶ。


「ちいっ!馬鹿馬鹿しい、こんな茶番はもうやめだ!」


 飾りしゃ付きの帽子を自ら乱暴な手つきで剥ぎ取った、婚約者候補のご令嬢ことギリムが低い位置でまとめた美しい黒髪――のウイッグも取って足元に叩きつける。


「セレネ嬢!早まった真似はぜっったいに許さないからねー!」

「お姉さま、僕が何のためにこんな所にいると思っているんですか!お姉さまはじめ、家族皆のためなんですよ!!」

「もぉ、なんでみんな出てきちゃうのよ!」


「止まって!」と、両手を伸ばして静止の意を伝えようとするけれど、2人は立ち止まらない。


「君が消えるかもしれない時に黙っていられるわけないだろ!」


 ハディスにしては珍しく、眉根を寄せた険しい顔でわたしを真っ直ぐに見詰めながらこちらへ向かって来る。

 イシケナルの混乱が伝播したのか、これまでひっきりなしに押し寄せて来ていた衛士達が立ち止まり、騒ぎに包まれていたこの廊下の一角は一時的に静まり返っている。

 その静かな廊下に、クロノグラフ学園長の感動に震えるような感極まった「そうだ、聞いたことがあるそ‥‥!」と云う呟きが、殊の外大きく響く。


「白銀の魔力――蓬萊ほうらいの玉の枝の継承者は何百年も前に現れて以降、途切れる事なく歴史に姿を現すが、おかしなことに常に同じ容姿で伝えられていると。お前さん‥‥いや、貴方は、その時を越える継承者ですな?」


 何その伝説の大魔道師な感じ――?!


 驚いて、背後のオルフェンズを見ようと後ろへ顔を向けようとしたところで、いきなり右手をハディスに取られた。


「だから!こんな形で消えるな!!」


 間近にある真剣で辛そうな表情のハディスに思わず息を呑むと、逆の手をヘリオスが掴む。


「お姉さま無しの僕は有り得ません!居なくなるなんて言わないでください!お父様やお母様だって同じです!!」


 こちらも険しいながらも、今にも滴が零れそうに揺れる瑪瑙めのうの瞳の真剣な表情に、胸がつきりと痛む。


「ふん」と、背後から微かに不満げに鼻をならす音が聞こえたかと思ったら、ようやく首に回されたオルフェンズの腕が解けた。


「みんな、出てきちゃって、どうするのよぉー。これじゃあ、わたし、みんなのこと助けてあげられないじゃない‥‥。」


 ヘリオスの泣きそうな表情を見たからか、いつになく真面目な表情のハディスを見たからかは分からないけど、わたしも半べそだ。そもそも、皆をこんな危険な目に遭わせているのは、ただ待つことが出来なくって、我慢がきかなかったわたしのせいでしかない。悪いのはわたしだ。


「なんでお姉さまが僕たちを守る前提なんですか!そんなに、僕は頼りになりませんか!?僕はこれでも、お姉さまと肩を並べるために必死で努力しているんです!商会のことだって、魔力の使い方だって、貴女に追い付こうとずっと頑張って来たんです!!」

「おい、ヘリオス・バンブリア。今、妙な事を言わなかったか?」


 必死なヘリオスの言葉が途切れるや、イシケナルが顔を強張らせながらすかさず声を掛ける。対するヘリオスは空気の読めない邪魔者へ向ける様な苛立たし気な視線を返しているけれど、天使なあなたがそんな顔しないでー!


「何がです?」


 表情そのままの冷たい声に、イシケナルが一瞬怯んで身体を震わせた様に見えたけど、気のせいだよね?


「その‥‥なんだ、お前の姉は、お前以上なのか?」


「は?」と云う低い呟きと共に、何を分かりきったことを聞くと言わんばかりの呆れた表情を浮かべたヘリオスは、更に冷たさを増した視線をイシケナルへ向ける。


「だから、さっきから言ってるじゃないですか。僕なんてお姉さまの足元にも及びませんよ、悔しいですけど!」

「なんっ‥‥お前以上だと!?」


 愕然としたイシケナルの声は思った以上に周囲に響き、取り囲んだ衛士や、離れて様子を伺っている使用人達にまで、さざ波のように動揺が伝わっていくのが分かる。そして、それに伴いイシケナルのわたしを見る視線が、信じられないものを見るものに変わる。


 えーっと、ヘリオス君?ここで一体何をやらかしたらこんな反応になるのかしら?


「あなた何をしたの?」

「僕は自分で、ここでの待遇改善を求めて努力したんです。だからこその、この客人待遇を確約する署名です。」


 言いながら、ついさっき学園長も署名したポケットに入った紙片を指し示してみせる。それじゃあ良く分からないけど、これ以上はっきり聞くのは怖い気もするわ‥‥けど。

 決心がつかないままうだうだと考えていたのが良くなかったのだろう。気付けばイシケナルが妙に爛々らんらんとした目をこちらに向けていた。


「そんな力を持っているだと?」


 こちらに向けて一歩踏み出すイシケナル。「欲しい‥‥。」ぽつりと呟かれた言葉に、嫌悪感が沸き起こった。

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