第38話 やっぱりオルフェが凄い魔法使いさんだったのね!

「かかれ!この小娘を取り押さえろ!」


 首まで真っ赤に染まった顔を歪めたイシケナルが叫ぶなり、集まっていた衛士が一斉に飛び掛かって来た。素手で取り押さえに来るのは有難い、わたしの得物えものはさっきから手にしている銀の大振りなお盆だけだから。


 飛び出そうとしたところで首にぐっと圧がかかる。背後から愉しげにくぐもった笑い声が聞こえ、ゾクリとする殺気が放たれる。

 そうだった!まだオルフェンズにホールドされたまんまだった!けど、放してって言って、オルフェンズを自由にさせたらこの殺気だもん、惨事の予感がするわ。


「オルフェ!ちゃんと支えていてっ!」


 声を掛けるや両足でお盆を縦に挟み、首に回された腕を自分でもしっかり握って、そこを支軸に床を蹴って身体を浮かせる。両足で挟んだ盆は、団扇で扇ぐようにわたしの身体ごと大きく弧を描いて振り回し、飛び掛かってきた衛士を薙ぎ倒して行く。

 ついでに表面の紫色の魔力も吹き飛ばすけど、ごろりと転がった衛士達は悔しげに顔を歪ませながら、再びこちらへ向かって来る。紫色の魔力は一瞬消えたかに見えたけど、再び彼らを包み込んでいる。


「イシケナル、小さなお嬢さん相手に何をやっておる!」

「お姉さま!」


 駆け寄ってこようとするヘリオスを、危ないから来ちゃダメ!と目で制する。ヘリオスはぐっと口を引き結び、不満げに眉根を寄せる。

 学園長は特に手は出していないけど、紫の魔力が学園長からもぶわりと噴き出している。


 魅了って重ね掛け出来るの!?学園長?


「ふむ、やはり無理だったか。」


 衛士にまとわりついた学園長の魔力は、しばらく漂った末に霧散した。残念ながら、濃く見えるイシケナルの魔力の方がやっぱり学園長のものよりも強力らしい。けれど、学園長の魔力にまとわりつかれた衛士は一瞬戸惑ったような表情を見せて、動きが鈍るから、その間にわたしは巨大団扇となって、衛士を跳ね飛ばして距離をとる。

 視界の端では、ハディスがわたしに向かってこようとする衛士をさりげなく邪魔している。ばれないでねー、と視線を送るが、上手く立ち回っているようだ。


 わたしを拘束しようとする衛士を跳ね飛ばし、戻って来たらまたはね飛ばす。

 どうしよう、終わる気がしない。だからって、人間相手に本気の戦闘不能にさせるような傷付け合いはわたしには無理だし、どうしよう‥‥。


「小娘、いや、セレネ・バンブリア。ここから逃げおおせたとして、その先はどうする?私はお前を知っている。どこまでも、追い詰めることが出来るぞ!」


 葛藤していたのが表情に出たのだろう。イシケナルが、眉をつり上げた凄まじい笑顔で告げる。


 悔しいけど、その通りね。取り敢えず、この場から逃げることは可能だろうけど、その後は?ヘリオスの身は安全だって分かっているけど、公爵家へ不法侵入したわたしやバンブリア家は罪に問われてしまうよね?それはまずいわ!


「ねえ!オルフェンズ!!わたし、ここを脱出したらすぐに家を勘当されて縁を切ることにするから。そしたら、どこか遠くに連れて行ってくれる?」


 人間団扇を続けながら、背後のオルフェンズに大声で聞くと、オルフェンズが微かに笑う気配が伝わってくる。


「何処へなりとも。桜の君が望むなら、共に何者の邪魔も入らない場所に潜むことも可能ですよ。何年、何十年、何百年でも。」


 何でもないことのように、流れる様にさらりと落ち着いた声音で伝えられた内容に、そんな簡単な事を忘れていたなんてと、思わず笑いが零れる。


「ふふっ、確かに前にそんな話をしてくれてたわね。やっぱりオルフェが凄い魔法使いさんだったのね!うっかり忘れてたわ。そっかぁ、無理に外国へ行かなくても、消える事も出来たんだったわね。」


 じゃあ、後の心配は無し!

 心の中でぐっと拳を握っていると、衛士の1人が血相を変えて飛び出して来た。


「ちょっと待ったー!!いい加減にしてよね、もぉー!!なんのためにこんな苦労してると思ってるのー?!それは無しだってば!!」

「ちょっ‥‥!何で出てくるんですか!?」


 折角の潜入が台無しじゃないかと、非難の視線を向けるけど、それ以上に険しい表情が返ってくる。


「そうです!お姉さま!!あなたあってこその公爵矯正ですよ!?お姉さまがいないなら僕はこんなところに1秒たりとも留まる気はないし、公爵に何の興味のありません。僕も一緒に行きます!」

「何言ってるのヘリオス!貴方はバンブリア商会の大切な次期当主なのよ?!」

「お姉さま無しの商会運営なんて、僕には何の価値もありません!」


 天使なヘリオスが激昂して、こちらもなかなか険しい表情だ。


「馬鹿が、話が違うぞ!バンブリア嬢!弟の身の安全の確認をするだけだとあれ程言っていたのに、なぜお前が飛び出している!どうしてこの世から姿を隠すような話になっている!」


 婚約者を演じていたはずのギリムまでもが地声で叫ぶから、すぐ前に立っていたイシケナルが慌てて振り返り、わたしや、学園長へ忙しなく首を向けてきょろきょろと見比べる。


「なっ、なんなんだ!お前たちは!!お爺様も、この婚約者候補は一体何ですか!」


 イシケナルの錯乱したような叫びが響いた。

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