第37話 バックハグって、思わず生命の危機を感じたっけ?!

 学園長は、わたしを隠してここへやって来た事を誤魔化しつつ、ヘリオスとわたしが共に彼の庇護下にあることをこの場の皆に宣言してくれたみたいだ。よし、それならわたしも持てる演技力を総動員して学園長に合わせてみせるわ!


「まぁ学園長、ごきげんよう。奇遇ですわね。わたし実は、学園で恐喝に強要、それに監禁にあたる犯罪を、そこにいるヘリオスに行ったと‥‥つい先日、とある学園生たちから断罪をされてしまったんです。それで、居場所の分かるヘリオスに確認しに来ましたの。だって、わたしがやってもいない監禁なんて重犯罪に、大切な弟が巻き込まれていては大変なんですもの。」

「お姉さま、僕は大丈夫ですよ。ここにこの通り、僕のことを『客人として遇する』と明記頂いたイシケナル・ミーノマロ公爵の署名入りの書付かきつけがありますから。僕は間違いなく客人として自由にこちらで過ごさせていただいています。」


 わたしたちの状況説明セリフに学園長は柔らかく笑みながら「それを見せて貰っても?」とヘリオスが広げた用紙に目を通す。


「なるほど、確かにヘリオス君が客人であると確約する書類だね。どれ、私も確認した証に署名しておくことにしようかの。」


 独り言の様に呟いた学園長に、衛士の1人がすかさずペンを渡しているけど、あれハディス様だ。


「これで、元公爵であり、バンブリア姉弟を護るべき学園長の私も、ヘリオス君の自由を認める一助になれるの。」


 学園長の言葉を聞いて苦々しげに口許を歪めたイシケナルと目が合う。


 学園長の署名にそんなに嫌そうな顔をするなんて、もしかすると自分1人の署名だったら約定やくじょうを無視するつもりだったわね。お生憎さまでした。――って、え?何?微かに笑った?嫌な予感しかしないんだけど。


「しかし、お爺様。私は確かにヘリオス君は客人として招きはしましたが、その姉は招いてはおりません。まごうことなき不法侵入です。それこそ、呆気なく秘密裏に処分を下されても文句を言えない立場だ。」


 うぬぅー、確かにそうだよ?だからわたしと母は一旦我慢したんだけと、いざここへ来たらあっさりヘリオスは見付かるし、しかも本人がここへ留まる気満々だし。――だからつい変な魔力の使い方をしちゃったのかなぁ?オルフェンズの白銀のしゃからわたしだけ出ちゃうなんて。これまで一度もそんなことなかったのになぁ。


 などと、呑気に考えていた次の瞬間、オルフェンズがいきなり背後から首の前に右腕を回して来て、そのままわたしの左肩をがしりと鷲掴んだ。スリーパーホールドか?羽交い締めか!?と焦ったけど、これは違うぞ――あれだ、バックハグってやつだ!!えぇーバックハグって、思わず生命の危機を感じたっけ?!それでもって、オルフェンズのゆっくりとした呼吸が耳許をくすぐるんだけと、これ端から見るとどんな体勢なのかなー?いや、もしかするとオルフェンズだけまだ白銀の紗の中かも知れないし。


「誰だ!?お前はっ。」


 衛士が誰何の声を上げる。えぇー、普通の人にもバッチリ見えてるじゃない!白銀の魔力、どこかに忘れて来た?


「紫の――燕の子安貝の継承者よ、この桜の君への手出しは私が黙っていない。」


 オルフェンズのテノールの声が、静かに響く。けど、わたしの耳許だから呼気がやけに生々しくて顔に熱が集中する。なんだか大変なことを言ってた気もするけど、それどころじゃないわたしは呼吸を整えるので精いっぱいだ。


「何だ?!頭の上の赤い魔力のネズミに、白銀の魔力だと?」


 笑みから一転、愕然とした表情に変わったイシケナルがじっとこちらを見る。


「だからっ、危ないのに何で出てくるの!ちゃんと自分の始末は自分でするから、貴方も自分の身を危うくする真似はしちゃダメよ!」


 わたしを凝視するイシケナルや、衛士たちからの視線までもが集中して居たたまれない。是非ともすぐに危険の無い紗の中に戻って欲しくて、オルフェンズを押し返そうともがくけど、スリーパーホールドはがっちりと決まっている。


「お前如きに何故そんな色を持つ者が付く?!魅了の力も無く、家格も最下層の男爵家風情の小娘に!」

「仕方ないでしょ!わたしに付くって言ってくれているんだもの。その気持ちを思えば一緒に居たいと思うじゃない。大事にしてあげたいでしょ!」


「放して」と呟くけど、オルフェンズの腕はがっちりと巻き付いたままで離れる素振りすら無い。だから何とか自力でこの状況から抜け出す方法を挙げてみる。


 肘内で脇腹、かかとで足の甲‥‥うーん、どれも怪我させちゃったら嫌だし。


 スリーパーホールドの抜け方を考えているうちに、イシケナルが、どんどんヒートアップして行く。


「お前自身が望むわけではないのに寄ってくると?!何と傲慢な小娘だ!」

「は?」


 少なくとも、魅了で他人の意識を強引に操る貴方には言われたくない。すぅ、と気持ちが冷えて冷静になるのが分かった。


「かかれ!この小娘を取り押さえろ!」


 首まで真っ赤に染まった顔を歪めたイシケナルが叫ぶや、集まっていた衛士が一斉に飛び掛かって来た。

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