第32話 ハディス様の事、待ちきれませんでした。てへ。
見たこともない広さ、高く弧を描いた天井の長い廊下を進む。
姿が見えないことは分かっているけれど、不測の事態があった場合、ここへ連れて来てくれたクロノグラフを始め、家族や、拘束されているであろうヘリオスにも迷惑をかけてしまう。だから、出来るだけ足音を潜めて細心の注意を払いながら先を急ぐ。タイムリミットは15分。このミーノマロ邸の大きさを思えば、1秒たりとも無駄には出来ない。
何人かの使用人や、邸内を護る衛士とすれ違い、その度に息を殺して遣り過ごすことを繰り返す。人影が遠ざかる度に部屋と部屋の間を駆け抜け、中の気配をそっと探っていると、再び廊下の角から一人の衛士が姿を現した。
焦げ茶の髪の衛士は鼻歌でも歌い出しそうな軽やかな足取りで、広い邸内を慣れた様子で歩いて行く。その様子に気が緩んだわけではなかったけれど、これまで見掛けていたピリピリとした様子の衛士達と比べて簡単に遣り過ごせそうだと思ったのは確かだった。けれど、姿を消したまま息を殺して動かないわたし達のすぐ側に差し掛かった時、男の気配が急に鋭敏なものに変わったことに気付いた。
「
男にしてみれば、何も見えないはずの空間に向かって剣を
けれど、2度3度と繰り返し鋭く剣を振るわれて、もしかして見えてしまっているんじゃないかとオルフェンズを振り返るけれど、いつもの薄い笑み――いや、それよりも楽しそうな表情を浮かべているだけだった。えーっと、見えていないって事で良いかな?
考えている間も鋭い攻撃が繰り返されて、堪らずわたしは護身用の果物ナイフでその攻撃を受け止める。
ギィン
耳障りな甲高い音が鳴り響く。と同時にナイフを握った両手が痺れて、その攻撃の重さに慌ててナイフの向きを変え、相手の攻撃を受け流す。
「くそっ!やっぱり居たか!」
まずい!ここに居るって確信持たせちゃった!!しかも果物ナイフだから刀身強くなくて、もう欠けちゃってるしー。どうしよう!
取り敢えず距離を取ったわたしに、更に男の剣が迫り、慌てて脚に魔力を流して背後に飛び退く。けれど再び剣をこちらに向けて大きく振るう男に、休む間もなく床を蹴って後退する羽目になる。
「姿を見せていないのになんでわかるの!?」
「しっかり対応しておられますよ?さすが桜の君です。居場所については、桜の君は専門ではありませんから仕方がないでしょう。この男は声や、姿を隠していても、僅かな気配の揺らぎに気付いてしまう様ですね。」
オルフェンズが丁寧な解説を加えてくれるけど有り難くない!話している間にも、男の剣はやっぱりわたしにだけ(・)迫って来るし、最悪だ!
男が「あーもぅ!ちょこまかとっ。」とぼやきながらも、繰り出した突きは鋭く、背後への跳躍でも躱しきれないと判断したわたしは、仕方なく刃こぼれした果物ナイフで攻撃を受け流す。
「くぅっ、手が痺れる。なんて馬鹿力なの。」
そのまま、連撃を浴びせかけられて、飛び退くのも間に合わず、やっとの思いで攻撃を受け流し続けていると、何合目かでついにナイフがぽっきりと折れてしまった。
から‥‥ん
チープな音を響かせて、半分で折れた果物ナイフの先の部分が床に落ちると、男がぎょっとした表情で目を見開き、ナイフに視線を落とす。どうやら、折れたナイフの先は白銀の
「へ?ナニコレ??」
きょとんとした垂れ眼はどこか見覚えのある顔で――。
「そろそろ種明かしをしましょうか?」
愉し気なオルフェンズの声が耳元で響いた次の瞬間、白銀の紗がふわりと外れた感覚が伝わる。
「嘘だろ!?何やってんのぉ――!!」
「やっぱりハディス様!」
わたしたちは同時に叫ぶことになった。
「え?何?うそでしょ。僕が打ち合ってたのまさかセレネ嬢!?ホント、何やってんの?」
「ハディス様の事、待ちきれませんでした。」
てへ。と笑うと、ハディスは見慣れない緑の瞳を瞬かせて、がっくりと項垂れた。
「ちょっと違う、こんなシチュエーションで聞きたい言葉じゃないよー。」
話し方も、動き方も、いつもと全く変わらないのになんで気付かなかったんだろうと思ったら、髪と瞳の色が変わっていた。赤髪は焦げ茶色に、黒に近い深紅の瞳は緑色に。そんなことで気付けなかった自分の洞察力の無さにがっかりしていると、ハディスが恨めし気にオルフェンズを睨む。
「銀の、分かっててわざとやったよね?銀のが本気でやれば隠しきれない事ないもんね?セレネ嬢にもこっち側を分かりにくくしてたんじゃないの?」
「さぁ?自分以外にこの力を使うことなどこれまでありませんでしたからねぇ。」
薄い笑みを浮かべたオルフェンズが、しれっと返す。
わたし達と同じように、クロノグラフ学園長に最初は協力を断られたハディスだったが、何とかミーノマロ邸を調べようと
「けど、ちょっと問題があってねー。」
「何をやっているんですか!」
言い淀んだハディスの声に被せるように、聞き慣れた声が響いた。
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