第31話 わたしの自慢の護衛です。素敵でしょ!

「お・お爺様、一体どうしたというのですか?」

「どうもなにも先ぶれのふみに書いたとおりだ。お前にこのご令嬢を紹介しようと思って、お連れしたんだが、いささか早かっただろうか?」


 狼狽うろたえるイシケナルとは対照的に、わざと意地の悪い笑みを浮かべたクロノグラフがちろりと、執務室の何もセッティングされていない応接セットに視線を向ける。


 先ぶれも何も、準備時間もこちらに与える気のない急な案内。あんなものは襲撃予告でしかない。と、イシケナルと執事が揃って心の内でため息をつく。


「それに、下手に時間を与えるとお前を逃がしてしまうからの。折角、私自らが、お前の奥方候補として申し分ないご令嬢を見付けたのだから、一刻も早くお前と引き合わせたくての。」


 イシケナルは思わず小さく舌打ちをした。


「取り敢えず味気ない執務室での話もなんですし、応接室のご用意を致しますので。ご令嬢とお2人庭園の散策でもなさってはいかがでしょう?」


 丁寧な言葉で2人を目の前から遠ざけようとするイシケナルだが、ここで立ち去ればイシケナルが身を隠してしまい、このご令嬢との引き合わせが失敗してしまうことは目に見えている。クロノグラフにそれが見透かされていることにイシケナルは気付いてはいないから、庭を示された彼がにこやかな表情を返した事に一瞬表情を明るくする。


「そうか、朝の柔らかい日差しの中の庭園なら、邸内に引き籠ってばかりいるお前にも丁度良い。よし、若い者同士まず庭園の散策へ行かれよ。私は先に応接室で茶をいただこうかの。」

「え」


 予想外の返しにしばし呆然とした隙に、クロノグラフにより半ば強引に令嬢とイシケナルの2人きり、外へ押し出された。

 イシケナルは、このクロノグラフが苦手だった。どんなに地位のある人間でも、自分が幼い頃から望み通りに動かない者がいない中、家族には長い間共に過ごすことで耐性が出来るのか、それとも血族特有のなんらかの力が働くのか、こちらの意図で動かせない者が居た。その中でもこのクロノグラフは先代の神器の継承者の矜持があるのか、公爵家当主だった矜持があるのかそれは分からないけれど、自分への当たりが殊更ことさら厳しい人間だった。


 不承不承、令嬢へのエスコートもせずにただ連れ立って、若い2人が庭園を歩く。

 すると、なぜか使用人や執事がうろうろ表れては、剪定道具や肥料を目の前に落としたり、植物に散布しなければならない水を散策する先に巻き散らしてくる。

 しかも、令嬢にのみ被害が及びそうな絶妙な位置に。


「身の程をわきまえていない使用人たちですね。」


 全ての妨害を難なく躱した令嬢だったが、さすがに頻繁過ぎる。後ろも振り返らず、黙々と先を行くイシケナルの紫紺しこんの髪が揺れる背中に向かって、つい文句が出た。


「いや、私を崇めるあまりの行動と思えば可愛いものだ。そして私とはこう云うものだ。求めずとも求められる。みなが自分の有用さをこぞってこの私に示そうとする。まるで私のちょうを競う様に。愛おしいではないか。それがこのイシケナル・ミーノマロだ。」


 滔々とうとうと語る間、嫌がらせ行為を行った使用人達をぐるりと見回すが、特段注意する素振りも見せない。本気でそう云う物だと思っているに違いない、と感じた令嬢は冷え冷えとした視線を目の前の背中に向けた。




 一方、応接室から見える広い庭園を二人きりで歩く当主と婚約者候補を見遣るクロノグラフは、誰もいない室内をぐるりと見まわして観察する。不審な物も、隠れている者も何もない。この部屋は信頼できる者だけを通すように作られている応接室だ。それは自分が当主の頃から変わっていないから、イシケナルは自分の事を信用してはいるのだろう。


「もう良いぞ。」


 白銀のしゃが何もない空間に揺れて、真っ黒でぴったりと身体にフィットした不思議な服を纏うセレネが、頭上に大ネズミを乗せた姿で現れる。思わず、呆れた様な笑いが零れたクロノグラフだ。


「本当に不思議な魔力だな。」

「わたしの自慢の護衛です。素敵でしょ!ちょっと具合が悪くなるのが玉にキズなんですけどね。」


 何でもないように答えるこのバンブリア男爵令嬢の背後には、彼女同様に黒い装束に身を包んだ白銀の髪の青年が静かに佇んでいる。


「では、行ってきます!タイムリミットは、お庭の散策なら30分ってところでしょうか?」

「いや、20分‥‥いや、あの様子と孫の性格からすれば、自身に心酔しない者との時間を共有出来るのは、せいぜいもって15分といったところかの。」


 苦笑しつつ、窓の外に見える令嬢の歩調に合わせることも、手を取ってエスコートすることもしない孫の様子を眺める。婚約者候補を連れて来ると、いつもこうだ。得意な魅了は婚約者候補や、思いを寄せる相手を籠絡することには発揮しない事にしているのか、徹底的に拒否する構えをとる。

 今回は、それを逆手に取らせてもらった形だ。


「ふふっ、女の子の扱いがまるでなってませんねぇ。これならご令嬢の正体もばれなくて済みそうです。学園長のおっしゃった通りで安心しました。では、行って来ます!」


 セレネの声も、姿も、彼女の痕跡を現わすあらゆるものが次の瞬間には室内から消え失せる。

 僅かに扉が動き、彼女等が部屋から出た事を理解したクロノグラフは、ふぅとため息をつくと愉し気な笑みを浮かべた。


「はてさて2体の神器の継承者を従えるおぬしは一体何だろうの?」

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