第29話 悪戯とかで紫の魔力をこちらに伸ばすのは止めて欲しいかな、気持ち悪いし。

「時に娘さん、ホーマーズ君とは随分親しくなれたようだねぇ。」

「な・え?えぇ、ホーマーズさまはあたしの言うことをなんっでも聞いてくれるわ!」


 さすがに、わたしに向かって言い放った様に『ゾッコン』とは言わないみたいだ。学園長は「そうでしょうねぇ。」と意味あり気な微笑を浮かべ、次いでカインザに視線を合わせる。


「次にホーマーズ君、隣の娘さんをどう思っていますか?」

「困ったご令嬢だなと。けれど助けなければならない――と。」


 考えながら言葉を紡ぐカインザは「助ける」と言いつつも、自問する様に首を傾げている。その様子を見て、学園長は更に笑みを深める。


「失礼した、質問を変えよう。君は隣の娘さんを妻や恋人にと望んでおるのかね?」

「あったりま‥‥が・学園長なにを言ってるんですかっ!いくら学園長でもやめてくださいっ!!」


 ちらちらと王子や、その学友のギリム、ロザリオンに媚びるような視線を向けるユリアンは、カインザが恋人だと言って、その他の選択肢ルートを絶たれたくない思惑が透けて見える。って言うか透け透けだ。


「いいえ?俺には婚約者がいますからそんな思いは一切ありません。」

「え?」


 カインザ、ユリアン共に思い掛けないことを聞いた驚きの表情を浮かべるが、学園長はその答えが分かっていたらしく、うんうんと頷いている。


「ですよねぇ、その魅了は隣の娘さんのものではないですからね。一縷の希望を抱いて聞いてみましたがやはりそうでしたか。では君に魅了を掛けた者が、レパード男爵令嬢に力を貸す様、暗示を掛けたのですね。バンブリア生徒会長を困らせるために。」


 言って大きく溜息をつく。


「はっきりとした色を持つのは継承者のとくべつな魔力。つまりカインザ君に暗示を掛けたの魔力を持つ者は、私でなければ我が孫しかおらんと云う訳だ。大ネズミそれあるじが私を頼るわけですねぇ。」

「ハディス様は学園長の所へ伺ったんですか?と言うことは‥‥。」


 ハディスは、公爵であるイシケナル・ミーノマロに手も足も出せないわたし達のために、ヘリオス救出の交渉・工作をしてくれているはずだ。そのハディスが学園長を頼ったと言うことはどういうことだ?いや、ちょっと嫌な予感はしているんだけど。

 ヒントを求めて、じっと学園長を見詰めると、学園長は紫の瞳を細めてにこりと笑う。


「美しく若い娘さんにそんな風にじっと見られると、つい先程の様に悪戯をしてしまいそうになりますねぇ。」


 再び背筋にぞわりと悪寒が走り、今度はギリムが止める間もなくその場を撥ね退くと、まだ紅茶が残っているカップがガチャリと音を立ててひっくり返り、学園長の視線が零れた紅茶へ向いたところでようやく嫌悪感が収まった。


「学園長、そうだった!クロノグラフ・ミーノマロ学園長!」

「えぇ、イシケナル・ミーノマロは私の孫です。彼が現れるまでは私が継承者そうだと言われていたんですが、残念ながら比較するのがおこがましい程の歴然とした差がありまして、私はこのような名誉職に就き、さっさと隠居の身となったのですよ。」


 学園長の素性告白に驚いたわたしだったけれど、初耳でも何でもない、学園に入ってから何度となく聞いている名前ではあった。けどまさか誘拐容疑をかけている相手と血の繋がりがあるなんて思ってもみなかった。けれど学園長に対しては特に思うところはない。いや、悪戯とかで紫の魔力をこちらに伸ばすのは止めて欲しいかな、気持ち悪いし。まぁ、それは置いておいて――。


 イシケナル!ヘリオスに手出ししたばかりかカインザとユリアンを使って、学園でまで厄介ごとを引き起こそうとするなんて。これは絶対にヘリオス狙いじゃない!わたしを誘拐したい訳でもない!わたしに対する嫌がらせがしたいだけだ!!けどなんでー?!


「学園長の近縁であるイシケナル氏が、ヘリオス・バンブリアに何をしたかは御存知なのですね。ならば話は早い、罷免嘆願の理由の一つとして、カインザが私の側近候補として知り得たそのことを挙げ、さらに学園内でレパード男爵令嬢と共に吹聴してしまった。要らぬ騒ぎが起きないうちに彼を助ける手助けをしていただきたい。」


 王子が不意に放った言葉に、あれ?と首を傾げる。王子はヘリオスが公爵に誘拐されていることを知っている?そこから話が漏れて罷免嘆願騒ぎを引き起こしたと!?


「ちょーっと待ってください?アポロニウス王子!?なんてことしてくれたんですか、この大変な時に!部下の監督不行き届きですよ?情報漏洩ですよ!?学園長だって、お孫さんが学園帰りの生徒にとんでもないことしでかしてくれたんですよ!?何澄まして会話してるんですか!こっちはすぐにでも動きたいのを、必死の思いで我慢しているんですからね!!」


 王子?学園長?わたしより偉いのは分かってるけど、その2人より大事なヘリオスに関わると気付いた瞬間黙っていられなくなった。詰め寄るわたしに、学園長と王子が何とも言えない表情で顔を見合わせた。

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