第28話 ちょっと学園長!何を言い出したの?

 今からちょうど3日前、入学式のその日、ユリアンは全く血の繋がりの無い自分を、養子として迎え入れたレパード男爵からの依頼である『良縁を結ぶこと』を果たすため、今まで着ていた工場の作業着とは全く違う、見たこともないほど上質で可愛らしい制服に袖を通して張り切って学園へ向かった。


 途中、同じ男爵位だけれど自分の様な特別な力も持たない女子が、自分よりも先に見目良い男ばかり3人も連れているのに遭遇し、何で力もないのにと云う憤りを抱いたのと同時に、自分ならもっと上手くやれるとの自信もあったので、この令嬢に勝つべく対抗心が燃え上がったのは内緒だ。


 入学式や講義の間は勿論、移動やランチの僅かな時間も惜しんで根気強く『あたしのこと好きにな~れ!』のおまじないを周囲に広げていた甲斐あって、最上株である王子は逃したものの、その傍らに立っていたガッチリした体格の令息カインザ・ホーマーズを、首尾良く自分の恋のとりこにすることに成功!放課後の約束を取り付けて学園玄関で待ち合わせをしていた。


 またまた、今日だけで4度目になる目障りな女が現れた。まぁ、今回は忠告をするためにあたしが待ち伏せたんだけどね。美しい男たちは、市場しじょうなんとかとプレ‥‥?とにかく、雇い主と交渉して手に入れたなんていい加減なことを言うからちょっと頭に来ちゃったわ。だからさっさと話を終わらせてカインザさまの元に行ったんだけどね。


 そして2人で大通りから1本小路に入った所に在る、穴場のカフェに行ったわ。そこで、カインザさまと色んなお話をしたわ。『あたしのこと好きにな~れ!』の力も持たないのに、身の程をわきまえないで令息たちと馴れ馴れしく話す、気に入らない生徒会長のこととか。あたしのことが好きなはずなのに、生徒会長に邪魔をされて自分の気持ちを表すことが出来ない可哀そうなへーちゃんの事とか。とにかく色々話していたら、紫髪の怪しげな男がふらりと近付いてきたわ。




「その男と何を話したのかは覚えていないと?」


 王子を挟んでギリムと対称位置の令息こと、フージュ王国宰相の嫡男ロザリオン・レミングスが、薄茶色の髪の間から覗く黒檀色の瞳に鋭い光を湛えて、カインザの腕に纏わりついたままのユリアンに鋭く声を発する。


「女性にそのような強い物言いをするものではありませんよ。」


 好々爺こうこうや然とした笑みを浮かべながら手ずから淹れた紅茶を差し出してくれるのは、恐れ多くも王家筋の賢者と名高いクロノグラフ学園長だ。


「学園長、お心遣い痛み入ります。込み入った話になりそうでしたので、衆人の目を気にしないで済むこの場をお借り出来、助かりました。」


 珍しく、いつもの鷹揚な態度を引っ込めたアポロニウス王子が謝辞を伝えると、学園長は「ここは私の執務室ですし、慣れたものですよ。温かいうちにどうぞ。」と、この部屋「学園長室」中央の応接セットに腰かけたアポロニウス王子、ギリム、ロザリオン、カインザ、ユリアン、そしてわたしを、濃い紫色の瞳でぐるりと見回す。わたしは手元が震えないように注意しつつ、しゃっきりと背筋を伸ばしたまま緊張感を紛らわせようと、カップに口をつける。もちろん味なんてしないし、なんなら全く飲み込めない。

 わたしたちは廊下での大根女優による即興劇の後、王子に促されてこの学園長室へやって来た。その時はスバルや、王子の学友たちも大勢付いて来ていたのだけれど、何故か入室時に学園長に有無を言わさず今のメンバーを選別されてしまった。


「バンブリア生徒会長、今回は大変でしたね。こちら側の人間が大変迷惑をかけているようだねぇ。」

「んぐぅ、ぅひゃい!何でもない事ですっ。――ってどのお話の事を言っておられるのでしょうか?」


 予期しなかった学園長からの謝罪じみた言葉に、記憶を手繰り寄せるけれど「こちら側」が誰の何を指すのか全く分からない。きょとんとしたわたしに学園長は「そうだねぇー。」と呟きながら、カインザ、王子、そしてわたしの頭上の順に視線を走らせる。んん?もしかして学園長、大ネズミとかが見えるたちですか!?


「それの主が私のもとにやって来たよ。大層な事を頼まれたものだと思ったけれど、まさか出不精な孫がここまであちこちに手を伸ばして騒ぎを起こしているとは、家からは遠ざかったとは言え、迷惑をかけたね。」


 ん?大ネズミの主――ハディスが学園長のもとに行って頼み事をした?

 出不精の孫――誰?


 分からずに、じっと学園長の紫の瞳を見詰めると途端にぞわりとした嫌な感覚が背筋を伝った。


『特別な魔力』!?


 気持ち悪さのあまり咄嗟に席を立とうとしたわたしの前にギリムが手を翳して制し、ついでに学園長からの魔力もブロックしてくれた。学園長はそんなわたしたちの様子を見てにっこりと笑い「やはり生徒会長もそうでしたか。」などと楽し気に呟いているけど止めて欲しい。バクバク鳴る心臓を抑えるわたしを他所に、学園長の興味は次に移ってしまった様で、わたし達の遣り取りに怪訝そうな表情を向けていたユリアンに向き直る。


「時に娘さん、ホーマーズ君とは随分親しくなれたようだねぇ。」


 ちょっと学園長!何を言い出したの?

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