第27話 急ごしらえの舞台だったけど、まずまずの出来だったんじゃないかな。

 今学園内を賑わせている、アポロニウス王子と、極悪非道な振る舞いを理由に罷免ひめん嘆願を出された生徒会長、つまりわたしの組み合わせで、廊下を行き交う生徒がちらちらとこちらを気にしている事には気付いていた。そして更に実際に署名を集めたカインザとユリアンが揃ったこの場は、またとない見世物となっていることだろう。じわじわと増えてくるギャラリーに気付きつつ、敢えて無視して悲劇のヒロインを演じ続けるわたしだったけれど、カインザの制止も都合良く解釈して話し続けるユリアンに、わたしとスバルは素早く視線を交わして微かに頷き合う。

 ―――仕上げよ!


「そうよね、わたくし生徒会長ですもの。どんなに非合理で不条理で、恐ろしい目に遭っても、泣いてばかりいられないわ!だって、わたくしこそが皆様を理不尽から護るべきたった一人きりの生徒会長なんですものっ!」


 泣きはらした目を、わざと周囲に見せつけるように、涙も拭わないまま、敢えてうつむき加減で間をとってから崇高な決意をしたかのように気丈な表情でばっと顔を上げる。周囲からは「おぉ!」「頑張って!」などと感嘆や励ましの声が上がる。とどめに儚げな笑みを浮かべて、凛としつつも少女らしさを失わない声音を心掛け、胸元にそっと両手を当てて、ぐるりと周囲のギャラリーに視線を合わせながら見回す。


「皆様の優しいお声のおかげで、わたくし、何とか頑張れますわ!暖かなお言葉が心に染み入ります。皆様、大好きです!」


 周囲からわっと云う歓声と拍手が起こるのを、微笑ほほえみで受け止めていると、だんっと床を踏み鳴らす音が響き渡る。


「なんなのよあんた!そんな女じゃないでしょ!?ろくに苦労もしないで見目良い令息に囲まれてへらへらしてる図太いだけの女でしょ!?たかが男爵令嬢の分際でよくそんな堂々としていられるわね!ちょっとは弱って見せなさいよ!!あたしに勝たせなさいよっ!」

「アン!もういいから止めるんだっ!!」


 音の出どころはユリアンだった。癇癪を起こし、足を踏み鳴らしながら涙目でキイキイ叫び続けるユリアンをカインザが必死で宥めようとしている。

 けどここで手心を加えたりしないわ、獲物は叩く時は徹底的に。手負いの獲物ほど怖いものはないもの、ねえスバル!


「レパード男爵令嬢様!大変な目に遭われたと噂になっておりましたから、わたくし本当に心配しておりましたのっ!なわたくしの名前が出ているくらい混迷した状態でしたものね。けれどで、被害などのですね!その元気なお姿が何よりの証拠ですわ!本当にお元気そうで、何事も無かったのが確認できて、皆様も安堵されたでしょう。本当に良かったですわ。心配しておりましたのよっ。」

「本当に、心優しい君があんな醜聞に巻き込まれるだなんておかしなことだと思っていたんだよー!ドッジボール部のご令息たちも君のことを心配していた程だからねー。心無い作り話に、優しい君が傷付きながも、生徒会長だからと周りの心配ばかりしている姿は、正しく生徒会長のかがみだよー。本当に素晴らしいよー。」


 スバルとわたしの大根演技に、王子は何故か見守るような生暖かい笑顔と拍手で応え、ギリムともう一人、王子の逆サイドを占める令息は無言で呆れた視線を寄越し、ユリアンは癇癪を起こし続け、カインザはそれを宥め続ける混沌状態が出来上がっているけど、観客の生徒たちは感動の舞台を観たかのように拍手を鳴らし続ける。


 カーテンコールよ!


「ありがとう!皆様の力こそがわたくしの支え、どんなに理不尽な辛い目に遭っても、皆様のためになら頑張れますわ!」

「セレネ!君こそが生徒会長にふさわしいよー。」


 2人でひしと手を取り見詰め合うと、何故か周囲のご令嬢からほぅと溜め息が零れた。「なんだか違う扉を開いてしまいそうですわ。」なんて不穏な呟きまで聞こえる。急ごしらえの舞台だったけど、まずまずの出来だったんじゃないかな。

 嘆願書に記された捏造された罪状の穴‥‥それは証言や証拠でも何でもない、まさかのユリアン自身だったみたいね。自分から進んで癇癪を起して、大人しく脅されるわけがない人物であることを生徒たちの前で実証しちゃったんだもの。


「バンブリア生徒会長、素晴らしい決意表明だったよ。私も改めて貴女という人の奥深さに興味が湧いた。」


 王子がハディスによく似た貼り付けた笑みとともに手を叩いている。一見称賛されているように思えるけれど、その両隣のギリム達が微かに口角を下げて疑わし気な視線を王子に向けているところを見ると、本心は違うところにあるみたいだ。けど王子が何を言いたいのか相変わらずわたしには分からない。


「せっかく‥‥折角あたしたちが苦労して署名を集めたのに、なんなのよぉこれぇー。」

「大丈夫だ、アン!俺が何とかするから、落ち着くんだ。」


 そして奥の2人はと言うと、膝から崩れ落ちたユリアンの隣にカインザが屈んで「何とかする!」と何度も声をかけている。カインザの全身は相変わらずきれいに紫色に染め上がっているから、間違いなく魅了の魔力には掛かっているのだろうけど、それなのにこの2人には恋人らしい甘さが足りない。

 もしかして、ユリアンの魅了に掛かっているのではないの?


 そう思いながら微妙な距離感の2人を眺めていると、その視線に気付いたアポロニウス王子が拍手の手を止め、ゆっくりと背後を振り返る。


「さて、カインザ。そろそろはっきりさせようか?気の迷い程度ならまだ笑えたのかもしれないが、お前の纏っている魔力はどうやら放置してはおけない物の様だからね。」


 柔らかな笑みを崩さないままの冷ややかな声が2人に向けらた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る