第26話 このご令嬢にわたしが一体どんな危害を加えたと言うのだろう?

 生徒会長罷免嘆願ひめんたんがん署名が学園長に提出されたことは、またたく間に全学園生に伝わったらしく、教室移動の度に様々な学年の生徒達の好奇の視線にさらされる羽目になった。


 一方の対抗馬であるアポロニウス王子は、普段から注目を浴びることに慣れているのか、憎らしいほどに落ち着いた通常運転――いや、騒ぎで注目を浴びるのを逆手に、いつも以上に好感度高めのアイドルばりの華やかな笑みを浮かべて、特にご令嬢達の黄色い悲鳴の嵐をあちこちで発生させている。


「なんで普通に息をするみたいに、行く先々の人に愛想を振り撒けるの!?何か特殊なスキルなの!?」

「まぁ、まだ1年生とはいえ王族だからね。人心掌握の術は叩き込まれているだろうし、教育と訓練の成果を遺憾なく発揮してるんだろうね。さすがだな。」


 並んで廊下を進むスバルが感心のため息を漏らす。

 そうだったー!王族なんて各種英才教育を受けているに決まってるじゃない。わたし数年前まで平民だったんですけど、どうやって勝ったらいいの!?しかも濡れ衣とは言え『恐喝、強要、監禁』の罪状を持つわたしとアイドル王子との一騎打ち。おかしいなぁ、買ったのはカインザ&ユリアンからの喧嘩だったはずなのに、なんで対戦相手が王子にすり替わっちゃってるかなぁ‥‥?――あれ?そうよね!


「そうよ!そもそも喧嘩の相手を間違えているのよ、わたし。」


 ぽむ!と手を叩いたわたしは、早速王子の元へ足を向ける。すると、わたしの姿を認めた王子は「おや、早速私の助けが必要になったかな。」などと言っているが、残念ながら用があるのは王子ではない。


「カインザ・ホーマーズ!!貴方が罷免理由に上げたのは事実無根の罪状ばかりよ。わたしが恐喝?強要?監禁!?具体的な証拠があるなら、わたしの前に並べてごらんなさい!」


 側でスバルが「なんだか悪役っぽいよ。」なんて呟いてるけど気にしたら負けだ。やましいところなど無い!と腰に手を当てて、ふんっと鼻息荒く、胸を張って見せると「余計駄目だって‥‥。」と半眼になった。


「あぁ、そっちか。残念だな。」と余裕の笑みを見せながら王子が振り返った取り巻き集団の最後尾にカインザと、何故か彼の腕にまとわりついたユリアンがいる。


「いつからひょ‥‥レパード男爵令嬢が、王子のご学友に入ったの?学年も違うわよね。彼女、貴方と一緒で授業毎に駆け付けてるの?」


 当然のように王子の隣に立っていたギリムの袖口を引っ張り、こっそり尋ねると、途端に基本ベースの薮睨みの目つきに、眉間の皺がトッピングされた。


「王子ではなくカインザを講義の間ごとに待ち伏せている様だな。ただ、カインザの側から隙あるごとに王子の側へ来ようとするお陰で、俺はこの通り仕事が増える一方だ。」


 言って、小蝿こばえでも払うかのように右手を軽く振ると、ユリアンが王子に向けて伸ばしていた薄紫の魔力が跳ね返された。


「あんた!また王子殿下たちを狙って現れるなんて、なんて下品なの!邪魔しないでって言ったでしょ!?なんでまたあたしの前に出てくんのよっ。ここはあたしの場所だからねっ。」


 わたしを見付けたユリアンが、甲高い声でキイキイ喚いたお陰で周囲の視線が集まる。目のつり上がった恐ろしい形相でわたしを怒鳴る「被害者」ユリアン。わたしの事を微塵も恐れていない、このご令嬢にわたしが一体どんな危害を加えたと言うのだろう?

 ちらりとスバルとアイコンタクトを交わすと、僅かに片方の口角を上げる悪そうな笑みが返って来たのを確認し、わたしはおもむろにか細い悲鳴をあげた。


「きゃあっ、怖いッ!わたくし‥‥何も、なにもしておりませんのに、い‥‥いきなり怒鳴り付けるなんて――。」

「大丈夫かい?セレネー!君みたいなか弱い令嬢に、あんな強い物言いをしなくたってー。泣かなくても良いんだよー。」


 がらにもなくヨヨと泣き崩れるふりをすると、すぐに大行な仕草でスバルが手を差し伸べてくれ、大声で「怖かったねーぇ。」などと言い続ける。わたしが前世のドラマで見た悲劇の主人公に成りきって、ふるふる震えてみせると、周囲からは同情的な視線が集まり始める。


「なっ‥‥!なによあんた!そんながらじゃないはずでしょ!!あんたが泣いたって、あたしにゾッコンの皆は同情なんてしないんだから!!」


 ユリアンが狼狽えつつカインザに絡みついている両腕に力を込めると、わたしたちの大根芝居を呆然と眺めていたカインザは、こちらの思惑に気付いたのか、はっと目を見開いてユリアンを黙らせようと「落ち着くんだ!」と声を掛ける。けれど、ユリアンは心配して声を掛けられたことで有頂天になってしまったのか、更に調子良く滔々とうとうと語りだす。


「ほぉーぅら!カインザさまはあたしが心配でならないんだからっ!あんたなんかに有望株はひとりだって渡さないんだからね!!あんたなんて、おひとりさまで居ればいいのよっ。」


 カインザの制止も都合良く解釈して話し続けるユリアンに、わたしとスバルは素早く視線を交わして微かに頷き合った。

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