第25話 早く戻ってこーい!!

 計算され尽くした華やかな笑みを浮かべた王子は、教室中は勿論のこと、ここへ向かう道中での注目も浴びてきたようだ。教室の扉の僅かな隙間からも王子の姿を見ようと、他クラスの令息令嬢が覗いている。


「「ごきげんよう、アポロニウス王子。」」


 スバルと共に挨拶の言葉を告げて、軽く身体を折る礼をとる。


「入学早々、そしてバンブリア生徒会長の就任早々にこちらのカインザが迷惑をかけているようだな。」

「王子はお気になさらず。先ほどマイアロフ様にも申し上げておりましたが、この学園は『平等な関係』を理念としておりますので、ホーマーズ様に売られた喧嘩なら彼に返すのが筋だと思っておりますから。」


 済まなそうな素振りを全く見せず鷹揚おうように話し掛けてきた王子に、こちらも澄まして答えると、王子はきょとんと眼を丸くした次の瞬間、堪らずと云った様子でブハッと噴き出した。


「お‥‥王子!」


 うろたえる学友たちを他所よそに、王子は笑いの発作に襲われ続けている。


「相変わらず、面白いヤツだな。お陰で私は入学以来退屈を知らないぞ。」

「上級生女子に向かって『ヤツ』はお行儀が悪いですよ。けどわたしもそれなりにお姉さんなので、新入生のやる事に、いちいち怒ったりしませんけどねっ。」

「それが既に腹を立てているのではないか?」

「んなっ!?」


 ああ言えばこう言う口のたつ王子は、12歳とし相応のくしゃりとした笑顔で声を立てて笑い続ける。この大変な時にふざけないで欲しい!と、頬を膨らませていると、学友の一人が王子にそっと近付く。


「アポロニウス王子、おたわむれはほどほどになさいませ。」

「あぁ、許せ。つい王城とは違う価値観が面白くてな。」


 王子は、目尻の涙を指先で拭ってから、小さく「ふぅ」と息をつくと再び貴族らしい作り笑いを浮かべてこちらを見る。


「まあ、冗談はさておき、あいつらは利用すべきでない情報を利用したようだからな。少しおきゅうえてやる必要が出てきたのだが‥‥時に、バンブリア生徒会長、その嘆願署名をどうするつもりだ?」

「売られた喧嘩はきっちり買うつもりです。お釣りもつけてお返しするつもりですよ。王子の強権を使うつもりはありませんから、そちらはそちらでカタをつけてくださいませ。」


 自分の事は自分で何とかする。考えるまでもない質問に即座に返答すると、王子と学友たちは驚いた様だった。

 魅了で事実をねじ曲げられて謂れの無い罪を押し付けられるなど、馬鹿馬鹿しくて仕方がないけど、だからこそきっちりカタをつけるつもりだ。ユリアンが魅了を使って、事実関係とは異なる理由を相手に無理矢理信じさせ、署名を集めたのならどこかに穴があるはずだ。

 わたしの何が罷免ひめんの理由になっているのか、パラパラ書面に目を通すと、頭の痛くなるような内容が記されており、思わず2度見3度見してしまう。


「はあ!?恐喝に強要、それに監禁?なによこの重罪人!誰のこと言ってるのよ!」

「笑えるよね。被害者はヘリオスにドッジボール部の令息たち、そしてユリアンに、あとは名前も知らないような即席貴族が何人か記されてるね。」


 スバルが眉を寄せながら口元だけを吊り上げた怒り笑いの表情をしている。怖い。

 そして、当然ながら署名欄にはヘリオスや部員の名前は無い。ヘリオスに至っては行方不明だから、書けるはずがない。

 どう彼等を料理するか、考えに浸り始めたわたしを現実に呼び戻すように、王子がわたしの髪をひと房、伸ばした手で掬い取る。


彼奴等きやつらは、それと同じものを学園長にも届けたようだ。そして生徒会長の再選要求をしているようだぞ、対抗馬はこの私だ。どうだ?少しは私の手を借りたくなったのではないか?」


 王子はとても良い笑顔だ。何故わたしに頼らせたがるの?そして、この情報を伝えに来たのは嫌がらせ!?やっぱり困った性癖の持ち主なの!?


「対抗馬だとおっしゃるなら、手心を加えることは不正につながるから、余計に手を借りるわけにはいかないでしょう?わたしはわたしで頑張ります。あと、軽薄な真似はお止めくださいね。」


 未だ手の中でわたしの桜色の髪を弄んでいる、視線の高さの変わらない王子から髪を取り戻すと「ふん、手強いな。」などとませたことを呟いている。誰だ、王子にこんな教育をした奴は。

 そして講義開始まで残り10分の予鈴が響くと「いつでも私の力が必要になったら声を掛けてくると良い。」などと気障キザな言葉を残して王子一行は教室から立ち去って行った。


 それにしても面倒なことになった。王子相手だと、知名度も、将来への貢献度も負けてしまっている気がする。なかなかの強敵だ。けど、この勝負に負けると、罷免嘆願署名に記されていたデタラメな罪状が、何も知らない学園生たちに真実味を帯びて捉えられてしまう恐れがある。それは冗談じゃない!面倒な事が増えたなぁ‥‥と、げんなりした脳裏に、今は扉の向こうには居ない赤髪垂れ眼の、のほほんとした自称護衛の姿が浮かんだ。


 早く何か手立てを立ててくれないと、待ち切れなくて動き出しちゃうんだからね!早く戻ってこーい!!


心の中で叫ぶと、頭の上から微かに『ぢちゅっ』と焦ったような大ネズミの声が聞こえた気がした。

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