第24話 カインザの保護者な訳でもないから余計な気は遣わなくても良いのに。

 不器用に喜ぶギリムの反応に、頑張る彼が少しは報われた気持ちになってくれたなら良かったと、彼の表情に釣られるように口元をほころばせていると、スバルも思うところがあったのが「あのさ」と言葉を続ける。


「セレネの後じゃあ、全く意味もないかもしれないけど君のは間違いなく羨ましいくらいの力だと思う。私の所属する辺境騎士団には微かに見える者もいて、それでも戦果としては大きな差がつくから羨望の的なんだ。私にも本当に微かだけど見えはするんだよ。それでさえも自慢出来るくらいだから、卑下なんてして欲しくないな。」


 冗談めかして唇を尖らせたスバルは、更に「君の魔力操作に関する評判は辺境にまで轟いているよ。」と続ける。けど、わたしはギリムの評判よりも、親友の初出し情報にびっくりだ。


「スバル、魔力が見えたのね!剣も扱えて魔力も見えるなんて最強じゃない!」

「最強は褒めすぎだよ。けど、セレネが見えてるって云うのも初耳だよ。学園にいるだけじゃあ本当に使わない力だもんね。だから敢えて話すこともなかったけど。じゃあ、もしかしてそれにも気付いてる?」


 スバルの女性にしてはガッチリとした太い指が、遠慮がちにわたしの頭上に向けられる。

 えーっと、学園で魔力を使わないかどうかは置いておくとして。頭の上の大ネズミ、気付いてたのね!


「スバルにはどう見えてるの?」

「ぼんやりした赤いもやかな。悪いものじゃなさそうだし、膂力りょりょくの色だって言うのはわかってるから。けど何で頭の上なんだろうとは思ってたんだー。怖がらせちゃいけないと思って、見守るだけにしてたけどセレネは気付いていたんだね。」


 良かった、ネズミとは認識されていなかったみたい。はっきり見えてたら、頭にずっとペットを乗せた困った人だものね!

「ついさっきまで忘れてたけど、たまに気付いてたかな?」と、正体以外は正直に答えると、スバルは「肝心なところで抜けてるセレネらしいや。」と吹き出してしまった。けれどすぐに表情を引き締め、声を潜めて話を続ける。


「で?だとしたら勿論2人とも、あのカインザ・ホーマーズの尋常じゃない顔色の悪さにも気付いているんだよね。」


 やっぱりスバルも、カインザが魔力に憑り付かれていることに気付いたらしく、けれど王子のご学友と云う事もあってか、はっきりと「魅了されている」とは言わない。


「顔っていうか全身に色がついて見えるわけなんだけどね。けどあれだけしっかり魔力で染め上げられちゃったら婚約者さんって、大丈夫なの?色の濃さでかかり具合が違うかどうかも良く分からないんだけど。」

「今のところ、あいつがあの色になってから日も浅いせいか特に問題は聞いていないが。それよりもここで俺たちが務めるべき役割を放棄している場合の方が問題だ。バンブリア嬢には申し訳ないが。」


 殊勝な面持ちで目礼され、曖昧な笑みを返す。

 まぁ、王子の警護も兼ねたご学友で、多数の候補者から勝ち残らなければ得られない座だったにも拘らず、実際学園に通い出したら男爵令嬢のお尻を追いかけて、王子は放置してましたなんて事はあってはならない事だろう。けれど、生徒会長罷免ひめんなんて騒ぎがギリムに謝られたからと言って解決するわけではない。そして何より、ギリムがカインザの保護者な訳でもないから余計な気は遣わなくても良いのに。


 スバルが不機嫌そうに、わたしが押し付けられた署名の紙束をぱらぱらとめくりながら素早く視線を走らせる。


「こんな量、すぐに集められるものじゃないし、見れば1年が男女満遍なく、3年は男ばかり、あとは学年問わず即席貴族たちが多いね。ただの1年生が集められるとは考えられない署名の量だよ。恐らく王子の学友の立場や、騎士団団長ちちおやの肩書も利用して周囲からの信頼を増した上で、署名を求めたんじゃないかな。全く、他人の権威を笠に着るような真似をして恥ずかしくないのかな。」

「名目だけとは言え王子や父親まで巻き込むとは、厄介な真似をしてくれたものだ。側近候補がこんな事をしでかしたとあっては、王子の面目に泥を塗りかねん。」


 当事者のわたし以外の2人の方が深刻な面持ちで話し合っているけれど、ギリムの言葉に引っ掛かりを覚えたわたしは「ねぇ?」と彼の袖口をくいくいと引っ張る。


「マイアロフ様、王子は今回の件には無関係よね?この学園の理念は『身分を問わず平等な関係の中 互いに切磋琢磨し高め合い 将来の国を担う人脈と知識を身に付ける』だから王子と側近候補とは言っても同じ学園生である以上、ホーマー様の行うことに対する責任を王子が取るっていうのはおかしいと思うわ。共謀したんなら話は別だけど。」

「え?」


 ギリムがきょとんと眼を見開き、何か言おうと口を開きかけたところで、何かに気付いたように慌てて頭を下げる。一体何が、と振り返ろうとしたところで教室後方から令嬢たちの華やいだ声が響き、誰がやって来たのか察しがついたわたしは「目立つのは嫌なのに」と呟きつつ、うんざりした気持ちを押し隠して作り笑顔で振り返る。


「私はカインザとは、共謀などしていないな。」


 そこには、わたしよりも遙かに巧みに、計算された華やかな笑みを張り付けた王子アポロニウスが、カインザ以外の供を引き連れて立っていた。

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