閑話 端午の節句

季節もの、と云うわけで節句ネタで一話書いてみました。

セレネとヘリオスのお話です。学園入学前からセレネに振り回されていたヘリオスは、こんな感じで鍛えられてしまっていました。

お時間のある時にどうぞ!


―――――――――――――――――――――――――


 5月5日はこどもの日


 バンブリア家が男爵位を得たばかりで、わたしがまだ王立貴族学園にまだ入学もしていない11歳、ヘリオスが10歳の頃。


「ヘリオス!釣りに行くわよっ!!」


 そう言えばこの日は男の子の健やかな成長を祈念するお祝いをする日だったなぁ、と朧気に思い出したわたしは、天使なヘリオスを祝いたい!と、自分の出来るお祝い方法を考えた。


 けど、この頃のわたしにはまだ自由になるお小遣いもそんなに無くて。そう考えた結果、なら出来るだけ自分で調達すれば良いじゃない!と、行動に移した。豪華なプレゼントは買えないけれど、手作りのお菓子やお料理を喜んでくれる可愛い弟のために、わたしが考えたのは『祝い膳』の準備!祝い膳と言えば尾頭付きの魚!と言うわけで、釣りに行こう!となったわけだ。急遽思い立ったから、勿論道具なんて揃ってるわけ無い。けど自分で作るから大丈夫!


 けれど、フージュ王国の立地と言えば、高い山脈に囲まれた盆地にあって、海にも面していない。だから妥協案として、お隣の領地にある大きな湖に向かった。


「お嬢ちゃんたち、子供だけか?平民とは言っても逞しすぎないか?」


 近くのシンリ砦の衛兵さんが心配して湖の側まで付いてきてくれたわ。ただ釣りをするだけなのにねー。ここなら大丈夫って案内してくれた所は、領主様の避暑のための別荘があるそばなんだって。このカヒナシ地方の領主様は滅多に表には出られない方だし、今日ここを訪れる予定も聞いていないから、衛兵さんがわたし達を監視するついでに釣りをする間だけ滞在してもいいよ、って言ってくれたわ。砦の衛兵さんは人の監視がお仕事なんだって。


 慌てて準備したから、糸が長すぎたみたいで、近くに垂らすと足元で絡まりそうだったから、真っ直ぐになるように出来るだけ力一杯、魔力を腕に纏わせて投げる!


 ひゅっっっ


「何だ!?今の音は矢音か!?」


 衛兵さんが顔色を変えてキョロキョロするし、ヘリオスは苦い薬でも口に入っているみたいに、顔をしかめてる。


「何もないですよー?早く釣りましょ、ヘリオス!」


 にっこり微笑んだとき、ふいに釣竿が大きくしなった。


「かかった!早っ!」


 しかも、思う以上の引きの強さ!これは大物ね!!


 早く引き上げなきゃ――あれ?これってどうやって釣り上げるの?糸を手繰り寄せる‥‥リール――付けてない!それなら。


「えっ?お姉さま?!」


 急に凧揚げのように竿を掲げて、湖に背を向けて走り出したわたしにヘリオスが焦った声を上げる。


「待ってて、ヘリオス!逃げられる前に引き上げちゃうからっ!」


 両足にも魔力を巡らせて勢い良く駆ける。

 釣糸がピンと張って、魚が最後の抵抗を試みているのか、右に左にと、不規則に大きく動く。


「負けないんだからねー!」


 更にグッと全身に力を込めて、止めとばかりに竿をぐるんと振り回しながら背後を見る。


「わ!ちょっお姉さまっ」

「うわぁぁっ!坊や!!」


 すると、釣糸に大きくはね飛ばされたヘリオスが湖に向かって勢い良く飛んでいくところだった。


「きゃあっ!ヘリオス!!」


 その姿が湖の上に差し掛かったところで、湖面が大きく波打ち、大人3人が寝転んだほどの長さの魚が飛び出して来た。口にはしっかり釣糸が繋がっている。


「うわぁぁー!お姉さまぁ―――っ!!」


 ヘリオスが背後から迫る怪魚に気付き、叫び声を上げながらも、咄嗟に体勢を整えて魚の眉間に拳で一撃を加える。けれど尚も魚は暴れ、ヘリオスは振り落とされないように背鰭をガッチリと掴んだ。


 青空をバックに空中を踊る怪魚と、それに繋がる少年ヘリオス――その光景は期せず、前世で見た「鯉のぼり」を思い起こさせた。


「流石だわ、ヘリオス!!そのまましっかり掴んでいるのよ!」


 ヘリオスが繋がっているのを確認したわたしは、安心して完全に引き上げるべく、全速力で駆け出し、無事ヘリオスの救助と、怪魚の釣り上げに成功したのだった。


 怪魚は、残念ながら砦の衛兵さんに懇願されて、家へ持ち帰ることは叶わなかったけど、怪魚のとどめのために捌いたお腹からは、大きな普通のお魚がいっぱい出てきたから、それをもらって帰った。



「今となっては良い思い出ねー、ヘリオス!」

「僕は2度と思い出したくないですね!」


 そんなことを言いながらも、ヘリオスはお魚が嫌いじゃない。素直じゃないのね、と思いながらわたしは普通のお魚のムニエルをパクリと口にしたのだった。

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