第22話 今日はなんて日だ!

 登校して早々、玄関前でユリアンの口撃こうげきに遭い、今日はなんて日だ!と、ゲンナリしながら校舎へ踏み入る。いつもより物言いたげな視線が向けられている気もするけど、まぁ、あの玄関前の騒ぎの後だし仕方がない。

 教室の後方の扉から入室するなり、その側で下位貴族令嬢の取り巻きに囲まれていたニスィアン伯爵家令嬢のバネッタが扇で口元を隠したままそっと近付き、意味ありげな視線を寄越してきた。


「バンブリア男爵令嬢?私、たしか貴方に申し上げたはずですわよ。力があるものはそれだけ足をすくわんと狙う者が多くなり、柱でもぽっきりと折れてしまいますわよ――と。」

「え?わたし、何かまずいことになってる!?」


 むしろ、バネッタが話し掛けて来るようになり、生徒会長に大勢の支持を得て推挙され、当選するまでになった現在は、これまでの様に鉄砲玉令嬢たちに狙われる事もなく、随分落ち着いた日常となっていると思っていたくらいだった。今の最大懸念事項はヘリオスの誘拐についてだけど、これは誘拐の日以来戻って来ないハディスが解決に向けて奔走しているはずだから、不本意ながら静観しておくしかない。バネッタは今私が入って来た扉にそっと視線を運び「じきに分かりますわ。ご検討をお祈りいたします。」とふわりと離れて行く。説明する間もないくらい、すぐに何かが起きるって事なのね。商会に影響の無いことだと良いけれど。と頬に片手を当ててうんうん考えながら、定位置の教室前方の扉そばの席に着く。


「セレネ!まずいよ。君、あの女豹めひょうにしてやられたよ!」


 パンッと小気味良い音を立ててわたしの横で扉が開くと、スバルが珍しく慌てた様子で教室に飛び込んできた。そう言えば、昨日辺りから教室のあまり交流のない令息令嬢の中に、あからさまにわたしの姿を見ながらひそひそ言う姿を見るようになったなぁ、と思っていたところだった。特にやましいところもないし、ヘリオスの緊急時にどうでも良いことで煩わされたくも無いしで、放置していたのがまずかったのか?。


「レパード男爵令嬢絡みなの?一体どんなことになっているの?」


「それがね――。」とスバルが口を開きかけたところで、教室後方の扉が勢い良く開いた。そして、どこかで見た覚えのある下級生令息を先頭にした10人程の集団が入室し、真っすぐわたしに向かって進んで来る。


「バンブリア男爵令嬢ことセレネ・バンブリア!お前に渡すものがある。」


 わたしまで数歩の距離となったところで集団はぴたりと足を止め、先頭の令息が勢い込んでわたしを指差す。

 誰だっけ?この下級生のわりに体格の良い令息、つい最近どこかで見た覚えがあるのよね。しかも、あまり良い会い方をしていないような気がするのよねー。それにしても、人を指さすなんてお行儀が悪いわね!ユリアンにも指さされた気がするわ。


「はい?なんでしょう。何をわたしに渡そうと言うんですの?それで、不躾ぶしつけにも自ら名乗りも挨拶もせずに、あまつさえ女性であるわたしを男性である貴方が威嚇する様に指差し、そして呼び捨てになさる貴方は一体どこのどなたでしょう?」


 苛立つ気持ちをぐっと抑えつつ、にっこりと張り付けた笑みを向けて対峙する姿勢を示すと、正面の集団は一瞬怯み、先頭の令息以外はおろおろと顔を見合わせ合う。隣でスバルが「あちゃー、魔王の方が出ちゃってるよ。」とか呟いてるけど、わたしも仏の様に穏やかな心を持ってる訳じゃないから、今回は仕方がないでしょ。


「くっ!ユリアンの言う通り口の減らないさかしい女め!」

「カインザさまっ!負けないでっ。あたし、貴方だけがたよりなのっ!」


 顔を歪めるガタイの良い、けれどわたしの記憶では1年生だったはずの令息の腕に、背後から偽金髪の小柄なユリアン3年生がひしと縋り付く。いや、ちょっと待って?この立ち位置は、どこかで見たような‥‥ヒロインを背に庇いながら悪役令嬢と対峙するヒーローの構図だよね!?え?何、わたし断罪されてるの!?いや、けど乙女ゲームのヒロインなら、ヒーローを魅了で攻略したりしないわよね、だってあの令息ってば全身すっかり綺麗な薄紫に染め上がっちゃって、見ていられないわ。


「わっ、分かってる!アン!俺に任せろっ。お前!このお方をどなたと心得る――!」

「あー!思い出した―!!先の副将軍様。それでもって、王子の学友の一人で、ユリアンと一緒に馬車に乗ってた、騎士団団長のご令息!」


 ようやく記憶が合致して、目の前の令息がアポロニウス王子の学友として先日入学した、騎士団団長令息だと分かった。確かこの2人はヘリオスが誘拐されたその日、学園玄関前から彼の馬車に乗って出掛けていったはずだ。令息がぴったりと縋り付くユリアンの肩にちゃっかりと腕を回して抱き寄せながら、悪役を糾弾するベタな姿と、またこんな茶番劇に付き合わされる羽目になった自分の運の悪さに乾いた笑いが零れる。


「あぁ、恋愛のスパイスに、わたしを悪役に仕立てて盛り上がったと?」


 喉の奥から自分でも驚くくらいの低い声が出た。

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