第21話 月見の宴 ※デウスエクス視点

 夜空に煌々こうこうと輝く月を見上げる黒髪の男は自分自身に問いかける。

 自分はあと何度この満月を眺めることが出来るのだろうか?と。その答えは誰も出すことは出来ないけれど、遠くない未来、必ず「その時」はやって来る。地上から見える青白い月は、昔はもっと輝きが強く、大きく見えていたと言う。有翼の獅子を地模様にあしらった真っ白な絹のブラウスがさらりと夜風に撫でられて、その風の冷たさにそっと腕をさすると、男の立つ広いバルコニーへ繋がるガラス張りの扉から、かっちりとした黒のロングジャケットを着込んだ金の短髪の男が現れた。


「夜風はお身体を冷やします。そろそろ中へお戻りください。」

「ふん、年もそう変わらぬくせにを年寄り扱いするとは相変わらず不遜な奴だ。まぁ良い、そろそろ執務に戻ろうと思っていたところだ。宰相殿?お前もこんな遅くにまで仕事熱心なことだな。あまり家族を蔑ろにしていると愛想をつかされるぞ。」


 冗談交じりに笑みを浮かべて告げれば、宰相と呼ばれた男はわざと作ったほんの少し恨みがましい目を向けてくる。


「妻は急に決まった息子の学園準備に追われ、その息子はどなたかの親友の座を射止めんと日夜勉学に励んでいるお陰で、私の帰りが遅くなったくらいでは愛想をつかされるどころか、邸内に居ないことに気付かれるかどうかといったところですよ。」

「ははっ!アポロニウスがまさか急に学園に通うと言い出すとは思っておらず、こちらが振り回されただけかと思ったが、お前のところにも影響があったか。そうだなぁ、お前の息子も同年齢であった。いやあ、奇遇だなー。許せ。」


 国の重鎮の息子たちが年を同じくする子息を持つことなどとうに知っているはずの王は、自身の息子であるアポロニウス・エン・フージュにわざと王立貴族学園の情報をちらつかせて、その入学をあおったはずだ。けれどそのあまりの清々しいとぼけっぷりに、宰相の口からはため息でなく苦笑が零れる。


「そんなにもアポロニウス殿下に見せたいものがお有りでしたか?」

「あぁ。アポロニウスにはこれまで賢者と名高い年長者達を付けて学ばせてはきたが、ふと気付けば大人や老人ばかりに取り囲まれて12歳を迎えておった。余の息のかかったくだんの学園に通わせて、同じ年頃の子供達を見せるのも悪くないだろうと思ってな。無理に続けさせる気もなかったが、何やら面白いモノを見付けたらしくてな。近頃は生き生きとしておる。」


 入学から数日だと言うのに、王子と共に学友として入学した子供達も皆、同様に学園を堪能しているとの報告が上がっている。子供のお遊びの場だと学園を見限るどころか、様々な楽しみや苦慮に遭い、それに対応するため考えを巡らせる様は堪能と言っても差し支えないだろう。


 学園初日を終えて、久しぶりに瞳に年齢相応の好奇の色を浮かべた息子アポロニウスの様子を思い出して、デウスエクスは口許を綻ばせ、眼前の険しい山頂から随分と高く昇った満月に再び目を向ける。代々の王に引き継がれてきたこの執務室は、大きなバルコニーが設えられており、丁度山々の向こうから月が昇るさまがはっきりと見えるようになっている。


 ここフージュ王国の王都は、周囲をぐるりと峻嶺しゅんれいが取り囲んだ盆地に在る。この国の建国神話によればこの特異な地形は、偉大な女神の御力により月からの恵みがこの地に降り立った際に生まれた、加護ある地形なのだという。

 デウスエクスは苦笑する。

 この国の伝説に合致する地形ではあるけれど、これはそんな良いものではないと云うことは自分だけが知っている。


 いにしえのこの国には今よりもずっと魔力が溢れていた。そしてこの国の始祖とされる男は、魔獣が闊歩かっぽし、魔族と呼ばれる理性を失い残虐性を増して獣化じゅうかした人間が増え続ける世界を憂い、『化生けしょうのもの』とされるほどの膨大な魔力を持つ妃と共に、自分たちをしろとして地上に溢れる魔力を減衰させる1000年も継続すると言われる大規模魔術を執り行った。それが代々王家に密やかに伝えられる『降魔成道ごうませいどう鎮護ちんご法術』。その術により魔族が生まれる程の魔力は消失してこの特異な地形が創られ、兵法上不利と思われるこの盆地の中央に王城が造られる理由となっている。なぜならその術に必要とされる2つの基軸のうちの一つが、盆地の中心に当たるこの地に在るから。今一つの基軸は月に在る。


今代こんだいの5人の継承者たちの様子はどうだ?」


 降魔成道の鎮護法術によってこの国は、月へ強大な魔力を送り込み、地上の安定を計っている。地上の送り手が始祖の男、月の受け手がその妃。術の効果は永遠ではなく、また綻びも必ず生まれる。彼らは遠い未来、生物としての安定を失った自分たちを制御する消すための手段として神器じんぎを、それを操れる強大な魔力を引き継ぐであろう自分たちの子孫に託した。「帝」の呼称は、自己犠牲により人類を守った始祖たる男への畏敬の念を込めて後世には使用せず、最高権力者は「王」と名乗ることとなった。


火鼠ひねずみかわごろものかの方の奮闘空しく、色々と想定外の問題が起こり始めていると聞き及んでおります。」

「そうか、それは大変だな。どれ、来月には皆を招いた月見の宴でも開いて、あやつを労ってやらねばなぁ。」


 片眉を器用に釣り上げた宰相に、デウスエクスは実に楽し気に笑い声を響かせた。


――――――――――


本日(5月5日)は、このお話の他、第1章の最後に「閑話 端午の節句」を追加いたしました!セレネとヘリオスの、ほのぼの?節句話です。お時間のあるときにどうぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る