第20話 あれー?なんだか周囲の視線が痛い気がするんですけど!?

 フージュ王国先代国王の姉を祖母に持つ公爵位の権力者、イシケナル・ミーノマロこそが紫の魔力を持ち、ヘリオス誘拐に関わっているとハディスに告げられ、母オウナは大きく息をついた。


「何てことなの、公爵だなんてそれじゃあ手も足も出せないじゃない!しかもヘリオスの身柄を押さえられてしまった今となったら、この国を捨てることもできないじゃない!!」

「やめてー。不穏な発言やめてー。」


 両手を握りしめて空中のたくに叩きつけるように腕を振る母に、ハディスが両耳を塞いで「僕は何も聞いてないぞー。」と他所よそを向く。


「そうです!お母様!捨てられないなら刺し違えるつもりで当たって来ます!」

「どこに!?ねぇ、だれと刺し違えるつもりなの?もうやだ、この似た者親子ー。」


 右拳を空に突き上げて駆け出そうとしたわたしの襟を、慌てたハディスに後ろからむんずと捕まえられた。はーなーせー!と藻掻くけど、びくともしない。馬鹿力め!!


「桜の君がそのおつもりなら、私も喜んでお供致します。」

「銀のも止めてよねー!」


 オルフェンズは直立で執事の礼ように自身の胸元に手を当てて、わたしに向かって薄い笑みを浮かべる。

 シリアスな雰囲気から一転、いつもの調子に戻ったハディスに「何とか手立てを考えるまで待って!早まった真似はしないで!僕の力も使えるだけ使うから待って!!」と懇願に近い説得をされたわたしたちだったけれど、わたしは納得できないまま、けれど母はハディスに何か思うところがあるのか、家族でわたしだけが知らない彼の素性に関わる何かに説得力があったのか、その場は一旦ハディスに預けて、ただちの行動は見送ることとなった。

 後ろ髪を引かれる思いで、母と乗り込んだ馬車の窓から、ずっと外を見詰めるわたしに「少しだけの辛抱だから。私もすぐにでも動きたいし、国家転覆の計だって辞さないつもりだけど、やっぱり穏便に助けるための手が残っているなら一度だけ掛けてみてもいいと思うのよ。」と黒いものが漂う笑みを浮かべながら母が慰めの言葉をかけてくれた。


「けどお母さま、その場合その一度がダメだったら、どうなるのでしょうか?」

「まぁ、その時は形振なりふり構わないバンブリア家の全力を持って、1人でも多くと刺し違えるつもりの手を取るわよね、うふふ。」


 自棄でなく色々計算を始めていそうな母の笑みに、かえって冷静になりました。


 ハディスはそのまま1人でどこかへ向かい、わたしの護衛はオルフェンズと、ヘリオスについていた護衛2名そして再び何処からともなく現れた緋色の大ネズミが彼の代わりに就くことになった。





 ハディスの良い報告をたずさえての帰りを待って3日が経った頃、ヘリオス抜きの朝の学園玄関で、鬱々とした気分のわたしに勢い良く駆け寄る足音が響き、更に気持ちが滅入りそうなのを堪える。

 はあはあ息を切らしながら、鬼の形相でやって来たのは予想通りの女豹めひょうユリアンだった。


「貴女!あたしにとられるのが嫌でへーちゃんを誘拐したわね!汚い手を使って、あたしのことを好きなへーちゃんを無理矢理引き離すなんて許せないわ!」

「は?」


 同居している家族を誘拐する事なんて出来たっけ?一体何を言われているの?と、きょとんとしたのはわたしだけではなかったらしく、オルフェンズとハディスが付けてくれた護衛2人も表情を消して立ち尽くしている。

 けれど、わたしとヘリオスの事情を知らない学園生たち―特に新入生たちは、訝しげな視線をこちらに送って来る。いやなんで!?とんだ言い掛かりなんだけど!しかも何で「誘拐」だなんて言い出したのよ、それは高位貴族の関わることだから低位が下手に騒ぎ立てると個人の命どころか、一族ごと潰されてしまうから一般生徒達には知らせていないはずなのに!


「どう言う事?軽はずみなことを吹聴して後悔するのは貴女の方よ?その身が大切なら下手なことは口にすべきではないわね。」


 真剣な忠告だと伝えたくて、敢えて固い言葉で伝えると、途端にユリアンはふるふると震え出して目を潤ませる。


「ひっ‥‥ひどいわ!あたしはただへーちゃんが心配で、貴女はそんな風にへーちゃんを虐げているのね!そんなきつい言葉で、傷つけてっ!あたしはっ、ただ大切なへーちゃんをいじめる貴女を注意しただけなのに!!」


 悲劇のヒロインのように、甲高い甘い声で涙ぐみながらふらりとよろけてみせるユリアンに、更に周囲の視線が集まる。


灰燼かいじんに‥‥。」

「駄目よ。」


 耳元で薄い笑みとともに低くつぶやいたオルフェを片手をあげて制して、何故かふらりと床に膝をついたユリアンを見下ろす形になる。


「貴女、やっぱりひどい人ね!へーちゃんをあたしに会わせないように、学園に来られないようにしておきながら、自分はこんなところまで何人も令息を侍らせているなんて!そんな浮ついた下品な人が、王国を支える次代の若者が通うこの由緒正しい王立貴族学園に居るなんて、なんて酷いの!?貴女、一体何のつもりなの!?」

「はぁ?」


 想像以上に低い声が出た。今はさらわれたヘリオスの行方を掴みながらも手が出せない、苛立たしさでいっぱいなのだ。けど準王族の公爵はまずい、ヘリオスの事は下手に口に出しちゃいけないわ!と無言のまま心の中で葛藤をしていると、何を勘違いしたのかユリアンは「図星を突かれたからって睨むことないじゃない!」とまた意味不明なことを叫びながら立ち去って行った。


 あれー?なんだか周囲の視線が痛い気がするんですけど!?

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