第13話 僕を褒めてくれて嬉しくはあるけど、同時に嬉しくもない。 ※ヘリオス視点

 時は少し遡って、学園での講義時間が全て終了し、部活動と言う自主時間が始まる前。


 学園での勉強に加えて、寸暇を惜しんで商会活動に取り組むヘリオスは、手早く荷物をまとめると級友がまだ誰も立ち上がってもいないうちに、素早く教室を後にした。まだ人影もまばらな学園玄関に立つと、簡素な外観ながら、機動性と居住性は随一のバンブリア商会の馬車がその前に静かに滑り込む。


「ヘリオス様、お帰りなさいませ。」


 中から降りてきた、ハディスによって手配された身綺麗な護衛が扉を開けて乗車を促してくるけれど、こんな風に身分の高そうな護衛が付くのも、学園前から馬車に乗るのも、色々と慣れないこと尽くしで思わず溜め息がこぼれる。

 活動的なお姉さまには、臨機応変に動ける護衛が必要なのは理解出来る。あの2人以上の適任者はいないだろう。けど僕までこんな身分を越えるような待遇をされると落ち着かないよ。


「ヘリオス坊っちゃん、今日は何か大変なことでもありましたか?」


 昔からバンブリア家の馭者を勤める気心の知れた小父おじさんは、目敏めざとくこちらの様子に気付いてしまう。馭者台の上には、小父さんの他にもう1名の護衛が腰かけている。苦笑しながら、どこまで今日の出来事を話そうかと考えを巡らせる。


「なんだか、ここに馬車で乗り入れているのが慣れなくてね。行きみたいに門までは徒歩になると良いんだけど。」

「そうですねー。少し前までは坊ちゃんとお嬢様のお2人だけで、それはもう嬉しそうに歩いていらしましたもんね。」

「お2人だけでの徒歩なんて冗談ではありません。護衛を伴って歩くにしても、その場合はこのように私達2人ではなくもっと護衛を増やさなければなりません。行きが少数でいられるのは、ひとえにセレネお嬢様の護衛がだからにすぎません。そうでなければ、門の外から歩くなど、とんでもなく危険なのです。ただの護衛ならとても人などで済ませられるものではありません。」


 必死に言い募る護衛に、いつの間に自分たちはそんなVIPになってしまったのだろうとげんなりしつつ「ただ言ってみただけだから。」と返すと、ようやく僕に付けられた2人の護衛も安心したのか、静かに腰を落ち着けた。小父さんが眉を垂らして苦笑し「では出発いたしますね。」と馬に鞭を入れると、ゆっくりと滑るようにスプリングの効いた馬車は動き出した。


 まぁ、確かにハディスの腕が立つのは認めるよ?あの王都中央神殿の庭園で大禰宜だいねぎムルキャンに『玉の枝』の投擲で襲われた時に、勢い良く飛んで来る、砲丸と化した巨大真珠を見惚れるような剣技で叩き落とした姿には、不覚にも子供っぽい感声を上げてしまったからね。それに、護衛を1人だと思っている彼らは知らないんだろうけど、オルフェンズの隠遁の魔力は他では見聞きしたことの無い特殊なものだもの。その2人がお姉さまにしっかりくっ付いているのだから、これ以上心強いものはないよね。ったく、お姉さまは一人でも充分手強いのに更に周りに凄い人を引き寄せるなんて、益々勝てなくなっちゃうじゃないか!


 むむっと眉間に皺を寄せて、小さな馬車の窓を見ると愛らしい風貌に似つかわしくない表情のお姉さま――いや、ようやく少し男っぽく凛々しさのカケラが見えてきた自分の顔が映る。


「僕はいつまでも貴女に頼りっきりの弟じゃないですよ!きっと追い付いて、超えてみせます!」


 今でもお姉さまは「さすがヘリオス、次期当主よね!」と、よく僕を褒めてくれて嬉しくはあるけど、同時に嬉しくもない。だってそんな風に褒めてくれるのは、見守るべき年少者おとうとが頑張っている姿を微笑ましく見ているものであって、真実同等に頼られてなんか居ないのが判るから。


「僕はお姉さまと肩を並べるんです!!」


 急に叫んだ僕に驚いたのか、向かいに座った護衛がびくりと肩を跳ね上げ、馬車までがガタリと揺れた気がした。


 いや、いくらなんでもそんな事はないよね!?


 声に反応して馬車が跳ねるなんて聞いたことも無い。僕が窓の外を覗くと同時に、護衛が腰を浮かせて剣に手を掛けている。


「ヘリオス様、ここから決して動かないでください。」


 護衛は、僕を背中に庇うようにしながら扉に手をかける。いつの間にか馬車は、止まるはずのない場所で止まっているみたいだ。間違いなく異常事態だ。


「どうした?何が起こっている?」


 護衛が、外の馭者台に座っているはずのもう一人の護衛に声を掛ける。


 窓の外には、長閑な林道があるだけで、破落戸や盗賊の類い、そして魔物の姿はない。何度かこうして僕が帰るときにも破落戸ごろつきの襲撃に遭ったことはある。けれど、いつもハディスのつけてくれたこの護衛達によって、馭者の小父さんも、僕も怪我ひとつなくやり過ごせている。とても頼りになる護衛なのは間違いなかった。


「――まずい、緊急‥‥事態・だ。」


 けれど、外から聞こえてきたのは絞り出すような苦しげな声だ。ひゅっ‥‥と、僕の前に構える護衛が小さく息を吸う。


「私が出たら、すぐに扉を閉めて鍵を掛けてください。絶対に出てはいけません。」

「だっ‥‥駄目だよ!」


 護衛は低く告げると、止める間もなく長剣をさやから抜き払って馬車から飛び出してしまう。

 けれど、外からは幾ら経っても剣戟の音ひとつ、怒声ひとつ響かなかった。

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