第12話 うちの大切な次期当主を愛人扱いしようとしているなんて!

 ドッジボール部員は、女豹めひょうからの魅了や、護衛ズの威圧に負けず――いや、それは部員たちには強烈すぎたようで、すっかり腰がひけて身動きが取れなくなった彼らを見かねたわたしが止める羽目になったのだけれど――気持ちを新たに、新入生の多く混じるギャラリーのため、デモンストレーション試合を行い、無事好評を博すことができた。


 その帰路。

 ヘリオスはバンブリア家の護衛に守られた馬車で先に帰宅しているので、部活動を終えたわたしと護衛ズはいつものように徒歩で帰宅するべく学園玄関の広い石段を降りる。すると、何と今日四度目の遭遇となる女豹ユリアンが憮然とした表情で待ち構えていた。


「ちょっと貴女!やっぱり朝からずっとキレイな令息ばかり侍らせて、ずる‥‥一体どういうつもりよ!貴女ばっかり!なにもしないのに何で!?」


 心の声が駄々漏れているユリアンは、びしっと擬音が付きそうな勢いでわたしを指差す。しかし、綺麗な令息を侍らせている覚えは全く無い。馬車での声掛け令息は勝手に来てはすぐに去って行くし、両隣の2人は確かに美形の部類だろうけど護衛だし、王子は遭遇しただけでしかもご学友からは、好意的な態度を取られた覚えは無い。むしろハディスが怒らせてはいなかっただろうか。もしかするとドッジボール部の光る汗がキレイな令息たちだろうか‥‥?

 うむむと考えつつ、取り敢えず向けられた人差し指に手を掛けて、ぐい・と下ろす。


「何もしていないわけじゃないわ。わたしは常に流行に対するアンテナを張って市場調査に根回し、プレゼン資料の作成に交渉と休みなくやってるわ。あれは、わたしの成果の一つよ。」


 結果だけを見て、簡単にその成果を得たように言われるのは心外だと分かり易く伝えたつもりだったけど、ユリアンはきょとんと目を見開いてフリーズする。


「は?なにをいってんのよ!」

「だからわたしの成果が羨ましいんでしょ?わたしだって努力しているのよ。」


 お互いに何を言っているのか嚙み合っていない気がするけど、どこが違うのかが分からない。


「何よそれ!根回しに交渉なんて男爵家程度がそんなこと出来る訳ないでしょ!だからこそ特別な力を持ったあたしがレパード男爵に力を貸してあげてるのよ!そうじゃなかったら、こんな勉強しなきゃいけない窮屈な学園なんかにわざわざ来ないわよ。あたしの方が良い令息を捕まえて、高位貴族夫人の座に収まって、男爵に恩を売ってホントの家族と豪華な生活をするんだから!とぼけたって無駄だからね!見ていなさいへーちゃんだってあたしのモノにするんだから!!」


 えぇっ!どういう事?ヘリオスを狙ってもうちは男爵家だから家格は同じなのに、高位貴族夫人の座を狙うとなると二股を公言しているわけ!?うちの大切な次期当主を愛人扱いしようとしているなんて、姉であるわたしの前でなんてこと言うの!?

 ぎょっと目を見開くと、わたしが驚いたことによって自分が優位に立ったと思ったのか、ユリアンはにやりと口角を吊り上げる。とその時、玄関前ロータリーに人影が現れて、豪華な馬車が一台近付いて行き、ようやく玄関に立つ人物が居ることに気付いたユリアンは急にしなをつくってクネクネと動き出す。


「最後に言っておくけどぉ?わたしの力がある限り、あなたの好きなようにはさせないんだからね!じゃあ、あたしは騎士団長ご令息との約束があるからー。あんまり長居出来ないのよね?ふふ、邪魔しないでねー。」


 くねくねしながらの怒声から、可愛い子ぶった表情への切り替えの見事さに、思わずぽかんと見送ってしまった。そしてユリアンの向かう先は、今しがたロータリーへ入って来たあの豪華な馬車だ。彼女の話の流れから言えば、あれが騎士団長ご令息とやらの馬車なのだろう。馬車が止まると、先に令嬢の同行が告げてあったからか、馬車から侍女と思しき女性が下りてきて団長令息がユリアンをエスコートして乗り込むのを、恭しく頭を下げて見送り、そしてまた自身も馬車内へ戻って行った。


「見事なものねー、早速大物に粉を掛けちゃったんだー。」


 思わず漏れ出た言葉にハディスが苦笑する。


「王子の学友が、何やってるのかねー。」

「わたしの関係しないところでの自由恋愛、大いに結構・よ?ヘリオスから離れてくれるなら余計にね。あとは、関係のないところで身分差の恋物語が盛り上がるのは、見てみたいかも。オルフェは?」

「桜の君が気にされないのでしたら、私には何の興味も沸きません。」

「安定のオルフェね。」


 軽口を叩きあいながら、3人徒歩で帰宅する。今日は盛り沢山だったから、こんないつも通りの帰路が心休まるとても幸せな時間だ。けどやっぱり帰宅してから家族も交えて、色んな出来事を話すのが待ち遠しい。そんな他愛ないことを考えながら帰宅したわたしに、侍女頭のメリーが顔色を無くして駆け寄ってくる。落ち着きのある彼女にしては珍しい行動だなぁ、とのんびり首を捻っていると、メリーはわたしと護衛ズをきょろきょろと見比べ、震える唇で途切れ途切れに声を発する。


「セっ‥‥セレネお嬢様は、ヘリオスお坊ちゃまとご一緒ではないのですね!?」

「メリー?どうしたの、落ち着いて何があったか話して?」


 良くない報告になるだろうことは分かったけれど、わたしまで取り乱しては、この場は余計に混乱して、知りたい情報も手に入らない。だから、自分自身に落ち着けと心の中で声を掛けながら、出来るだけ穏やかにメリーに声を掛ける。


「ヘリオスお坊ちゃまの乗られた馬車が何かに巻き込まれて‥‥つい先ほど、使用人と馬車だけが帰宅致しました。――お坊ちゃまの行方が、誰も分からないんです!」


 は!?何それ―――!!

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