第11話 それにしたって、黒い空気が溢れ出そうなこの雰囲気はどう云うこと!?

 王子に向けられた視線の意味が全く分からないわたしは、唯一顔見知りで、その意味を読み取れそうな人物の傍につつつと近寄って袖をくいくい引っ張り、小声で助言を求める。


「教えて。あの目の動き、なんて言ってるの?」

「はぁ!?馬鹿か、そんなもの察しろ。」


 ぎょっと目を剥いたギリムが小声で返してくる。


「しがない商会令嬢には王族対応のスキルなんてあるわけないじゃない。」

「前後の文脈でちゃんと話されているだろ?」

「どの辺よ、自己主張の辺り?それとも学園生活の経験の辺り?」

「馬鹿が、大事なところが一つ抜け落ちているぞ。」


 ひそひそ言い合っていると、すぐそばでステレオの様に2ヶ所同時に咳払いが響き、わたしたちはぎくりとして大小二人の咳払いの主を見遣る。


「「君たち随分と仲が良いんだねー。」」


 ハディスとアポロニウス王子が、何故かとても良く似た笑顔のを放っていた。

 あなた達こそ――と、つるりと口から零れ落ちそうになるのをグッとこらえて、焦ったわたしは「だってクラスメイトですから、そりゃ仲良しですよー。」と、仲良しアピールのためギリムの袖口を握ったまま、繋いだ手を揺らす様に、プラプラ揺らすと「おい!」と突然の剣幕で腕を引っ込められてしまった。


「ちょっと!また貴女なの!?またこんなに沢山の令息達に節操なく声をかけて、なんて浮わついた下品な人なの?」


 更に高い声が背後で響いて、思わずうんざりした視線を返す。すると、そこにはユリアンが唇を尖らせながら軽く握った拳を両頬に添えたポーズをとって立っていた。

 これ、男目を気にした可愛いアピールをしながらのぷんぷん怒った風ポーズよね?


「あぁっ!王子殿下っ、あたしったらはしたないトコロを見せちゃってやだぁ~。つい、王立である由緒正しい学園の風紀を乱すことをされると、あたしったら黙って居られなくってぇ?正義感?が強すぎるんですよねーきっと。」


 そして切り替え早っ!

 わたしはダシに使われただけで、既にユリアンは王子一行しか見ておらず、くねくねとしなをつくっている。


「王子殿下もぉ、宰相ご令息さまもぉ、騎士団長ご令息さまもぉ、前神殿主ご令息さまもぉ、人気高いドッジボール部を見に来たんですかぁ?あたしもなんですぅ。」


 完全にわたしがユリアンのアウトオブ眼中になったところで、ハディスに手を引かれたわたしは速やかにその場から離脱した。


 訓練場に隣接した更衣室で、いつものハードボイルド魔法少女になったわたしがドッジボール部員のもとへ行く頃には、女豹めひょうの甲高い声も、王子の無に近い張り付けた笑顔もその場からは消えていた。

 よかったー、と息をつくと、いつも以上に目を輝かせ、息を切らせた部員たちが「部長!」と駆け寄って来る。


「部長!私たち先にウォーミングアップでグラウンド40周済ませておきましたっ!」

「おっけー‥‥って40周!?いつもは20周なのに、みんなどうしたの!?」

「よく分からないんですけど、今日はやたらとギャラリーが気になって、皆たるんだ気持ちを引き締めようと、部長の喝を思い起こしながら身体を動かしてたら40周になっていたんです。けどお陰で皆とてもスッキリした気持ちです!」


 ははは、と爽やかに笑う部員の令息たちに、ギャラリーの歓声が上がる。光る汗がより清々しさを増しているけれど、気合を入れるためにいつもの倍の距離を走ったなんてとんだ脳筋集団だ。


「ねぇハディス様、王子は、わたしの刺激物的な役割の効果で部員たちにユリアンの魅了が効かなかったって言ってたけど、これって絶対に体育会系の気合いで乗りきっただけよね?運動ってストレス発散だけじゃなくって魅了撃退の効果もあるのね。だったらヘリオスももっと鍛えなきゃ。帰ったら早速運動を薦めないと!」


 ぐっと握り拳を握るわたしをちらりと見たハディスは、何故か呆れた視線で、うーんと考えながら口を開く。


「ヘリオス君の運動能力は、君と一緒に育ってきただけあって群を抜いてると思うよー。部員の彼らが魅了にかかりにくかったのは、君に向ける感情がヘリオス君とは違っていたからなんだろうねー。魅了で受けるのと同じ種類の感情だから簡単に相殺そうさい出来たんだろうねぇ。」

「ヘリオスが凄いって言うのは分かったけど、魅了を相殺の部分はよく分からないわ。もっと簡単に教えてくれないかしら?」


「別にそんなもの分からなくて良いよ。」とのんびり笑いながら言うハディスの、部員たちに向ける視線が若干鋭くなった気がするのはどうしてだろう?


「少し身の程を思い知らせて差し上げた方が宜しいでしょうかね。」

「良いねー。今回は珍しく気が合ったんじゃないかなー。」


 少し離れた場所から、不穏な空気を纏いつつ薄い笑みを浮かべて姿を現したオルフェンズと、張り付けた笑みの目が全く笑っていないハディスが珍しく意気投合している。いつもは言い合いばかりの2人が、実はとても気が合っていたって言うのは良いことなんだろうけど‥‥。それにしたって、黒い空気が溢れ出そうなこの雰囲気はどう云うこと!?

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