第10話 ランニングする部員の姿は、鬼気迫るものがあった。

 ギリムの用件が分からないまま、失言によりハディスによって強制退去させられたわたしは、ハディスとわたししかいないドッジボール部室で緊急お勉強会だ。


「はい、復唱。」

「先日の騒ぎは神殿の高位神官が、秘密裏に『神殿が管理する高濃度魔力』の私利私欲による濫用を行ったことが原因です。わたしはその影響を受け、一時的に心を病んだ人の雇った暗殺者に狙われたため緊急措置として護衛を付けることになりました。」

「そうだね。じゃあ神殿に悪者退治なんて要素は、どこにも入っていないよね?」

「そうですね。わたしの気のせいですねー。」


 てへっと笑うと、ハディスが分かりやすく頭を抱えた。


「あの場で会話に加わっていたのが当事者の大神殿司だいしんでんしと、自身が爵位を持って貴族の事情に明るいスバル嬢だから良かったようなものの、気を付けてよー。」

「フリートークはヘリオスの方が断然向いていますから。わたしは思い付いたものを言葉に乗せるプレゼンは得意なんですけど。適材適所ですよ。反省はしてますけど‥‥。」


 ちらちらと上目遣いにハディスを覗き見る。

 うん、悪いのは分かってる。けどつるりと出てしまうんだから自分でも困っている。今回は言い方が甘いハディスにしては珍しく、しっかり注意して来るからきっと凄く危険だったんだろうなぁ。その辺わたしはあまり理解出来ていないから、いつもヘリオスやハディスたちにフォローしてもらっている。


「その思い付きの言葉で、取り返しのつかないことになったりもするんだからねー。」

「はーい、反省してます。心に刻んでおきます!ハディス様やオルフェにヘリオスも頼りにしてます!」

「何かあれば、私がすぐに参ります。頭の固い赤いのなぞ捨ておきましょう。」


 何もない空間からオルフェンズがハディスに挑戦的な笑みを向けながらふわりと現れる。

 うーん、有難いんだけどそうじゃないから、ちゃんと伝えておかないと。


「オルフェが護ってくれるなら心強いよ。ありがとう。けど口を滑らしちゃうのは問題だから、ちゃんと注意してくれるのも嬉しいんだよ。だからわたしにはオルフェもハディスも同じくらい大切だから『捨て置く』なんてしないよ。」


 だから今回の失言はごめんなさいでした。と言うとオルフェンズは「そんなものですか。」と意外そうに呟き、ハディスは「よくできました。」と頭をポンポン撫でてくれた。

 取り敢えず、ちゃんと謝れたことに安堵して部室から出たわたしたちは、部員の活動場所である鍛練場の一角へ向かった。



「きゃーっ!すごいわ!すてきっ!すばらしいわっ!!」


 鍛錬場から、いつものご令嬢方の黄色い声よりもひと際甲高く甘い声が韻を踏んで響いてくる。さらに歩を進めてギャラリーの顔までが確認できる場所まで来ると、想像通りの人物が薄紫の魔力を部員たちに垂れ流しながら最前列で大興奮して声を張り上げていた。

 わたしの到着前に基礎鍛錬を始めていた部員たちは、ユリアンの魔力に包まれ、ちらちらと彼女を振り返りながら落ち着かない様子で鍛錬のランニングを始める。いつもならわたしが彼らを先導して「みんな、いっくよー走り込み20周!」などと叫んでいるところだ。今日は到着が遅れたので、彼らと合流はしていないけれど、もしかすると既にユリアンの魅了毒牙にかかってしまっているのかもしれない。

 けれど、わたしの不安を余所に並んだ部員の先頭に立った令息が、一度頭を振ると思い切りの良い大声を張り上げる。


「みんなー!いくぞー走り込み20週!部長にちゃんと頑張っているところを見せるぞー!!」

「「「「「お―――!」」」」」


 気合の声が上がると、なぜか彼らにまとわりついていた薄紫色は霧散してしまった。

 どうしてだろう?と、首を捻っていると、ご学友の令息たちを伴った王子がやって来た。


「さすが君に鍛えられただけあって、ささやかな魅了は効かないようだな。」

「え?鍛えたって、身体能力だけですよ?魔力への耐性を上げるようなトレーニングなんてわたし知りませんから。」


 ランニングする部員の姿は、何か心の引っ掛かりを解消させようとしているのか、いつも以上に気合いの入った――いや、鬼気迫るものがある。


「君はいつも彼らとともに活動しているのだろう?だから、レパード男爵令嬢が微弱な魅了でどれだけ彼らの気を逸らせても、この場で共に活動してきた君との衝撃的な記憶と、その時受けた強い心の揺らぎが魅了の魔力を凌駕して思い起こされ、正気を保っているんだろう。それが耐性の正体だ。」


 なんだろう、誉められているのか?けれど衝撃的とか強い揺らぎとか、刺激物みたいな言われ方は貶されている気がする。


「まさか無自覚か?」

「困ったことに、の攻撃力なんだよねー。」


 いつものマイペースなのほほんとした口調でハディスが王子の言葉に答えるものだから、同行するご学友が案の定「護衛風情が無礼だぞ!」と色めき立つ。しかし王子は、それを視線で制してハディスに向かって微かに片方の口角をニヤリと上げてみせる。


「あーっと、ハディス様?なんだか王子の反応が怖いんですけど、不遜で罰せられたりしないですよね?」

「えぇーっ、王子サマくらいの人は僕みたいな取るに足りない者にいちいち関わらないと思うよー。」

「ふん、自己主張されなくとも関わる気はない。私は同世代貴族との学園生活を経験に来たまでだからな。なぁ、バンブリア生徒会長。」


 王子はわたしに視線を送って来るが、その視線ひとつで彼の言いたいことを汲み取る令息達ほどの経験値はわたしには無い。よって、唯一顔見知りで、視線の意味を読み取れそうな人物の傍につつつと近寄って袖をくいくい引っ張り、「教えてっ」と小声で助言を求めた。

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