第9話 大丈夫なの?ワーカホリックなの!?

 食べた気のしないランチの席から足早に立ち去ったわたし達は、午後の講義のためヘリオスは3年棟へ、わたしとスバルは4年棟へと戻った。その際、女豹ユリアンの再度の襲来を危惧し、ヘリオスに早退を促したのだけれど「そんなに僕が信用なりませんか?」と心底腹立たし気に言われてしまい、しおしおと引き下がるしかなかった。


「ヘリオスったら、あんな天使な子が、あんな言いかたをするなんて反抗期かしら。」

「天使って言ったって、もう変声期も迎えた青年に差し掛かろうって14歳だよ?しかもセレネはいつも『さすが次期当主』だって彼の実力を買っているはずなのに、なんで時折ヘリオス君のことを幼く捉えているのか不思議でならないよ。」


 スバルが離れて付き従っているハディスとオルフェンズに「ねぇ?」と同意を求めている。対するハディスは「弟なんて、いつまでもそんな扱いなんじゃないかなー。」と苦笑し、オルフェンズは「私は桜の君以外、眼中にはありません。」と無表情に答えてスバルを脱力させていた。

 わたしだってヘリオスのことは勿論信用しているし、頼りにもしているけれど、あくまでそれはヘリオス自身の人格の話であって、今回のような魔力を相手にした時の耐性に対する不安は拭い切れないのだ。毒饅頭どくまんじゅう軍団に取り込まれている姿を見た後では特に。ハディスかオルフェンズのどちらかにヘリオスに付いてもらおうと頼んでもみたけれど、そちらはあっさりと断られてしまった。自分たちはあくまでもわたしの護衛を父から依頼された身であるし、そもそもヘリオスはそんなことは望まないだろう――と。





「馬鹿が、お前の弟の年の頃ならば姉の庇護下に留まるものでもないだろう。」


 放課後、鬱々としてため息をついたわたしに目をすがめながら、ギリムがこちらにやって来る。


「あら、珍しい。王子のところへ行かなくてもいいの?」


 何気なく言った一言が、随分と不満だったようで、ギリムが見る間に苦いものを噛んだ様な表情になる。


「王子の周りには選りすぐりの令息が送り込まれている。レパード男爵令嬢と同じ様な者だ。宰相の息子、騎士団長の息子、公爵家の息子、そして前大神殿主の息子。放っておいても奴等は自己アピールのため王子の手助けを惜しむことは無いだろう。」

「あなたは嫌そうだけど、他にも同じように思っている人が居るんじゃないの?大丈夫なのかしら。」


 王子の学友も一枚岩でないことに驚きつつ、ならなぜギリムはここに居るのだろうと、首を傾げて問いかける視線を向ける。


「馬鹿が。次代の王に近付く好機をみすみす逃す様な愚鈍な奴は、数多の令息が名乗りを上げた学友にもなれてはいない。ただ、俺は色々とがあったから引き受けただけだ。」

「王子学友選抜オーディション‥‥なにそれ、楽しそう!一般投票とかも公開でやれば商売のチャンスが大いにあるわ!」

「セレネ、戻っておいでー。彼、慣れていないから困っているよ。」


 スバルの笑いを含んだ声に、オーディションにかかる商売シミュレーションを脳内で繰り広げていたわたしは、はっと現実に呼び戻される。


「それに、学友なんて政治色が強いものを一般投票になんて絶対にかけたりしないよ。ねぇ、前大神殿主令息ギリム・マイアロフ君。」

「あなた神殿に治癒院の仕事までやっていなかった?更に学友で時間を取られるなんて大丈夫なの?仕事中毒ワーカホリックなの!?」


 ぎょぎょっと目をむくわたしにギリムが痛む頭を押さえるように手を当てながら溜息をつく。


「馬鹿が。だからこそ色々なのために何とか学友を引き受けたんだ。学園ここに居る事によって、俺は自由になれる時間が取れる様になる。差し当たっての神殿業務は俺の上司たる大神殿主がつつがなく行うことになるさ。言わば未来への投資だ。」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべそうな台詞セリフだけれど、ギリムは至って不機嫌な表情のままで話し続ける。その様子は、鬱憤が溜まっているのか?!腹に一物抱えているのか!?と指摘したくなる不穏な雰囲気だけれど、神殿の大捕物で見た、気だるげで投げ遣りな様子の黄髪の長身を思い起こすと、その気持ちもまぁ分からないでもない。

 なるほど、ギリムはどうやらあのヤル気のない大神殿主だいしんでんぬしに強制的に仕事をさせるため、わざとここへ来たと?大丈夫か?神殿と治癒院。責任を投げ出すのは感心しないなぁ。


「言っておくが、あの神殿での祝福や治癒にかかる魔力は大神殿主一人で賄える。扱うのは俺が最も優れているが、普通に扱える者は禰宜ねぎにも大勢居る。でなければ各地の催事や、大勢を相手にする治癒院業務などこなせる訳がないだろう。」

「なるほど、知らなかったわ。わたし神殿に行く用事なんて悪者退治くらいしかなかったし。」

「「は?」」


 ふむふむ頷くわたしに、ギリムが不快そうに眉を吊り上げ、スバルが目を剥く。あれ?ムルキャンの事って言っちゃ駄目だったっけ、まずい――と思った瞬間、スパンとわたしの側の扉が開きハディスが「はいはーい!セレネ嬢はそろそろ部活動の時間だよー!」と勢い良く突入し、わたしの襟首を掴んで強制退去させた。

 やっぱり交渉事とか話すのはヘリオスの方が優れているよねー。わたし余計な事言っちゃうみたいだし。

 あれ?そう言えばギリムは何で話し掛けて来たんだろう?

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