第8話 恐れ多くも先の副将軍ですか?

 王子一行とヘリオス、スバル、そしてわたしで構成されたチグハグな一団は、今何故か食堂中の好奇の視線を浴びながら、学園生全員が共通で支給されるランチトレーに乗った定食を前に、同じ長テーブルに着いている。


 屋外のベンチでの食事のためにトレーを持って移動していたスバルとわたしだったが、王子との遭遇と、昼食同行の拒絶不可なお誘いのせいで、大人数でも座ることの出来る食堂へ戻るしかなくなってしまったのだ。しかも、全学園生が食堂でランチトレーを受け取ることになっているため、このメンバーでの食事風景が約400人の学園生の目に留まってしまう。


 光栄?いや、王族との取引は、男爵家ではまだ家格が低すぎて手が出せないから、わたしにとっては窮屈この上ない味のしない勿体無いご飯会でしかない。そして、微妙に距離をとった場所に、いまだ付き纏ってくる爆弾娘ユリアンの姿まである。


「これが学園の食事か!この小さな四角のトレーに全てが収まるとは、面白いものだな!」

「本来であれば、学園生それぞれがトレーを手に、食堂以外にも中庭、歓談室、屋上、講義室など決められた場所で自由に移動して食事を摂ることができます。移動ができるからこそ、学年の垣根を飛び越えた交流が可能になります。王子も是非次回からは様々な学園生徒との交流をお楽しみください。」


 年齢なりに食事に目を輝かせた王子を、ほんの少し微笑ましく思いながら、ランチタイムのルールの説明に交えてわたしを巻き込まない食事への誘導を試みる。ギリムがちらりと眇めた目をこちらに向けたから、わたしの思惑はバレバレなんだろうけど。


「バンブリア生徒会長、差し支えなければ王子のトレーと交換してはもらえないだろうか?」


 学友の一人が、依頼の形をとりながらも了承して当然と云う様子でわたしのトレーに手を伸ばす。すると、わたしの左右に座ったヘリオスとスバル、そして何も無いはずの空間からぶわりと鋭い気配――殺気?が溢れ出て、学友少年は慌てて手を引っ込める。まぁ、そうなるよね、と軽く溜息をついて正面の王子を鋭く見据える。


「そう怒るな。こいつもそれが役目なんだ。」

「学園生が過ごしやすい環境作りに尽力するのは生徒会長のわたしの務めでしょうけど、王族のためにだまし討ちのように命を懸けさせられるのは不本意です。毒見が必要なら、食堂での食事は諦めてください。」


 同情はしないでもないけれど、この少年に命を懸けるかと問われれば否としか答えられない。自己防衛で乗り切ってほしいし、学園生の安全を守るわたしの立場から言えば、王子一人のために他の令息令嬢を危険にさらすわけにはいかない。そもそも、食事一つにもこんな風に気を使うはずの王族が、どうしてわたしみたいな一般学園生の昼食を強奪するような真似をしなければならない状況になっているのか疑問だ。


「見た目に似合わず冷たいな。」

「商人ですから、実利の無いことには興味はありませんので。」


 面白がるような口調の王子に、素気無く言い返しつつ目の前のトレーに手を付ける。どうだ、これでもう奪えまい!と勢い良く口の中へ放り込んで行く。思い切りの良い食べっぷりに、ヘリオスが物言いたげな視線を寄越し、それを見たスバルは苦笑していたが、すぐに真顔になって王子に「不躾ながら申し上げます。」と静かに声を掛けた。


「アポロニウス王子。王子や、帯同なさっているそちらのご学友を拝命された方々は、陛下より一学園生として過ごすよう言われているのではありませんか?ならば、相応の配慮が既になされているはずであるのに、更なる権勢を振るわれようとするのは如何なる所存でしょうか?」


 要するに、お父さんが普通に過ごせるように手配したのを分かった上で、他の学園生に特別扱いを強要するなんて何考えてるの?って苦情だ。その証拠に、言われたご学友たちは「不敬だぞ!」などと色めき立っているけれど、王子は文句を言い募ろうとする少年たちに手を挙げて鎮まるよう合図している。同列であるはずの学園生同士、しかもこちらが先輩であることを考えたら失礼なのはどちらだろうね。


「こちらに非があったようだな。」

「気付けて良かったですね。」


 意外なほどすんなり認めた王子に、悪い子でもないのかなと笑んで応えたわたしに、再ひ学友少年が顔色を変える。


「お前!このお方をどなたと心得る――!」


 恐れ多くも先の副将軍ですか?と、怒声を上げた少年に呆れた視線を向ける。しかし更に言い募ろうとした少年は、アポロニウス王子に鋭い視線を向けられて黙り込んだ。ようやく静かになったテーブルでは、ヘリオスが「いただきます。」と手を合わせ、スバルが「バンブリア流だね。」と笑いながらカトラリーを手に取る。わたしはスープの最後のひと掬いをお腹に収めて「ご馳走様でした。」とトレーに向けて会釈しながら手を合わせる。

 ランチはすっかり冷めているし、この状況で味わうことも出来なかったが、お残しはしない。


「不思議な所作だな。」


 たのし気な声に顔を上げると、笑みを浮かべた王子と目が合った。「食べ物と、この食べ物を作るために関わってくれた方々に感謝するための習慣です。」と答えながら、未だ手つかずの王子たちのトレーが気になる。まだ微かに湯気が立ち昇っている。


「温かいうちに、早く召し上がったほうが良いですよ。本当ならわたしも温かい物が食べたかったんですから。王子のおっしゃった交換が、ただの交換でなかったのが残念です。」


 ほんのり暖かそうなスープを見ていると、突如巻き込まれたランチタイムのごたごたで冷めたスープと比較してしまい切なくなってしまう。思わず王子のスープを見ながら「ほぅ」とため息をつくと、王子はたまらずといった様子でくすりと笑い、誤魔化すように握った拳を口元に当てて咳ばらいをする。


「そうか、ただの交換なら良かったのか。面白いな。」


 王子が呟くと、何故か何もない空間から冷気が漂った気がした。

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