第5話 いやこれ拒絶反応!?

 降壇し、女豹ユリアンの毒牙から無事ヘリオスを護れた高揚感から上機嫌に歩いていたわたしだったけれど、教室に戻る道すがら早速ハディスにつかまった。「護衛を置いてさっさと行かないのー!」と、確かに。ちなみにヘリオスの3年棟は別棟なのでここにはいない。一緒に居たスバルとバネッタは意味深な視線を2人で交わしあうと、速足で離れて行ってしまった。いやー置いていかないで―!と叫びたいのをぐっと我慢して、眉間を揉みほぐしながら苦言を伝えて来そうな様子のハディスと向き合う。

 わたし生徒会長だし、堂々としていなきゃだし‥‥我慢よ!


「いやー、入学式早々やってくれるよねー?レパード男爵令嬢と?君もねー。」

「だってヘリオスにまで薄紫の魔力が伸びていったんですよ?助けたいに決まっているじゃないですか。他のご令息達だって、あの周辺軒並みですよ。」


 やっぱり苦言でした。これがヘリオスだったらお説教コースだったから、まぁまだ良かった。にしても、あのユリアンは見境が無いにも程がある。玄関前でわたしに開口一番言ったセリフをそっくりそのままお返ししたいところだ。


「うん、止めたのは見事だったねー。あのままだともしかすると彼女のハーレムが形成されていたかもしれないしねぇ。けどね、セレネ嬢のやったことも褒められないよ?わかってる?わかってないよね?魅了の魔力を、の君が凌駕しちゃったんだよ!?そろそろわかって?君の攻撃力ー。」

「何のことよ、ねぇオルフェ。」


 わざとらしく涙を拭う真似をするハディスを半目で見遣りながら、姿の見えない護衛その2に呼びかけると、傍で白銀の魔力がざわりと揺れて薄い笑みを浮かべたオルフェンズがふわりと現れる。


「桜を愛でる心棒者は、私一人で充分ですから。目障りでしたら喜んで速やかに灰燼かいじんに帰して差し上げましょう。」


 うん、安定のオルフェンズだった。隣でハディスが「それだめなやつだからー!!」と、また涙をぬぐう真似をしている。入学式早々さっそくの波乱に少し不安が頭をもたげていたけれど、この護衛ズと話したらなんだか安心できたわ。




 2人を伴って教室へ戻ると、程なく担任教授が現れ、わたしたちの教室にも転入生がある事を告げた。「最高学年のこの年になっての転入生なんて、何か特別な思惑があるに違いないね!」と隣ではスバルが鼻の頭に皺を寄せているけど、そんな何人もレパード男爵令嬢みたいな人は居ないと思いたい。うん、わたしが生徒会長の任期中にこれ以上騒ぎを起こしそうな人は増えないと信じたいっ!


 教授の呼び掛けを受けて、扉から現れたのはオリーブ色のショートカットの髪に鬱金うこん色の瞳の小柄で不愛想な令息だった。


「ギリム・マイアロフだ。」


 端的に告げる声音一つにも、全く友好さの欠片もない清々しいまでの無愛想さだ。けどこの感じ‥‥あれー?どっかで見たことあるんだけどなぁー?

 首を捻りつつ記憶を手繰ってオリーブ色の頭を凝視していると、無愛想令息ギリムもこちらへ顔を向けていることに気付いた。けれど、彼もわたしと同じく何故かわたしの頭を見ていたらしく、視線は合わなかったけど、今日は大ネズミが乗っている訳でもないのになんでそんなところを見ているのか意味が分からない。講義が始まったので、わたしはギリムについて考えるのを中断することにした。


 ランチタイムまでの半日過ごして気付いたこと。ギリムは講義が終わると速やかに教室から居なくなる。お友達なかなかできないぞー?大丈夫かな?

 けれど担任教授は講義の間の空き時間の度に「次は第二演習室です。」などと、わたしたちの受講場所とは別の場所を指示する説明をしている。そして彼は空き時間が始まると即座に席を立ち、講義が始まる直前に慌ただしく戻って来る事を繰り返している。どう言うことだ?


 その理由はすぐに分かった。昼食のため、わたしとスバルが食堂で受け取ったランチトレーを手に、座る場所を探して中庭を歩いていると、アポロニウス王子の従者として彼に付き従っているひとりがギリムだった。彼はどうやら空き時間の度に、教授から伝えられる王子の居場所へ馳せ参じていたようだ。


「バンブリア生徒会長、入学式は実に興味深い挨拶を見せてもらった。」


 笑顔の王子が近付いて来る。けど、新入生代表ってことは12歳だから3つも年下なのに、うちの赤い護衛と良く似た貴族的な貼り付けた笑顔が様になっているし、妙な貫禄があるのが怖いんですけどー!内心ガクブルなわたしとは対照的に、スバルが隣で「挨拶をもらった?」とか小声で冷静に突っ込んでるし。もしかして女豹ユリアンを指差したあの行動でしょうか?下級生に対して大人げなかったかなぁ?

 対する王子は意味深な笑顔に切り替えると、少し声のトーンを落として更に続ける。


「気付いていない者が殆どだろうが、あの場の対応は素晴らしかった。しかし、所詮はあの場に限っての対応だ。早く次の策を講じることをお勧めするよ。」

「え?どう言う‥‥。」

「まぁぁっ!アポロニウス王子殿下っ!こんなところで、申し合わせることもなくお会い出来るなんて、なんて!なんてっ奇遇なのかしら!」


 背後からの甘い甲高い声に耳がキーンとした。いやこれ拒絶反応!?声の主を振り返るのを身体が拒否しているのか、全く見る気が起こらないし、全力で立ち去りたいけど、スバルは先に声の主を見たにも拘わらず怪訝な表情をするだけだし、王子に至っては泰然とした笑みを声の主に向けて、双方動く気配はない。わたしだけが逃げ出すのもおかしいかとぐっと我慢しながら恐る恐る振り返ると、想像通りの人物がその場に取り巻きを引き連れて駆け寄って来たところだった。

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