第4話 ヘリオスを無事護れたから気にしなーい!

 わたし達の席のそばに立ったまま静止したアポロニウス王子は、スバルの咳払いで再起動したらしい。


「当然だ。私はそれだけの教育を受けてきている。だが賞賛の言葉は受け取っておこう。だからと言って散漫な態度が許されるわけではないからな。気を付けるように。」


 つんと顎をそらしながら若干頬を染めて視線を反らした王子は、そのまま何事もなかったかのように立ち去って行った。


「さすが王子、大人びたしっかりした話し方と、立ち居振舞いねぇ。微笑ましいわー。」


 ほぅと、溜め息をつくと、何故か両脇からワンテンポ遅れて溜め息が聞こえる。


「今の王子の反応を見た感想がそれなんて。やっぱり、セレネは天然だよ。そして天然の攻撃力も併せ持っているよね。」

人工じんこう女豹めひょうが、どこまで太刀打ちできるか見物ですわね。」


 スバルとバネッタが勝手に理解しあって頷き合っているけれど、わたしには何のことだか訳が分からない。非常に気になるところではあるけれど、今のわたしにはそれを追求している時間はない。続く在校生代表の挨拶を行うため足取り軽く壇上への階段を上がる。

 そう、なんとわたしは今年度生徒会会長となってしまったのだ!夜会の行われた頃には全くそんな気配はなかった。それなのに、元からの親友で、自らの武功で騎士爵を得ているスバルと、そしてこれまでわたしと敵対していると大多数が見ていた最大派閥の最高権力者であるニスィアン伯爵令嬢の2名が、揃ってわたしを推挙したのだから教員たちが否やを言う訳もなく、さらにドッジボール令息とそのファンの令嬢もわたしを推すまとまった派閥となり、大勢の人たちの応援のお陰で当選するに至ったのだ。ちなみに対抗馬はいなかったので、そのお陰での当選でしかないとわたしは思っている。まぁ、運も実力のうちっていうからね!ラッキーだったわ。


「はじめまして!新入生、転入生の皆様。わたしは今期生徒会会長を務めさせていただくこととなりました、セレネ・バンブリアです。」


 よし!噛まずに言えたっ!と、内心でガッツポーズをとりながら、興味津々といった様子でわたしに顔を向けている、ホールにずらりと並んだ新入生、在校生からの視線の圧を紛らわせるために、深く息を吸う。すると、微かにざわりとする嫌悪感が背筋を這う。

 この感じは特別な色の魔力よね?大神殿主ミワロマイレの黄色じゃないし、オルフェンズの銀色でもない。いったい誰?


赫々かくかくとした桜花を映した光が、かぐや姫の愛の如く地表をあたため、 葉桜が萌えいづる季節がめぐり来た今日の日を、わたし達も待ち望んでおりました。」


 話しながら視線を巡らせると、わたしを憎々しげに睨みつけるユリアン・レパードの周囲に、ごく薄い紫の魔力が漂って居ることに気付いた。薄紫色はなぜか令嬢を避けて、ユリアンの近くに居る令息たちに見境なく漂ってゆく。更に見ていると、薄紫の魔力が届いた令息は、何かに気付いたようにユリアンの方を振り返り、ある者は頬を染め、ある者は何かにはっと気付いたように目をしばたたかせて、彼女を凝視する。


「新入生、転入生のみなさま、ご入学おめでとうございます。」


 令息たちの反応は様々だけれど、そこに共通するのは「困惑」でもなければ、わたしが感じたような「嫌悪」でもなく、程度の差はあるようだけれど紛れもない「好意」だ。


「在校生を代表して、歓迎の気持ちをお伝えしたいと思います。」


 そしてついに薄紫色は、ユリアンと同級であるため近くに座っているヘリオスにまで届いてしまった。彼も他の令息同様に何かに気付いたようにハッと反応して周囲を見回し、ある一点を見詰めて静止する。


「これからの4年間、悔いのない学園生活を送れるように頑張ってください。」


 ヘリオスの視線が向かう先は、もちろんユリアンだ。

 うん、さっき確かに、恋に向かって一生懸命な姿は、がんばれーって温かい気持ちになる・とは言ったよ?けど、何だろうこの釈然としない感じは。


「みなさまのご活躍を期待しています。」


 こうして壇上から観察していると、良く分かる。ユリアンは周囲の異性に薄紫色の魔力秋波を送って好意を抱かせる力を持っているみたいね。けど、その魔力をわたしの大切な弟に振るうような活躍は期待しないぞ!?弟の自由恋愛を妨げる気はないけれど、魔力で篭絡されるのを黙って見守る理由などない!

 挨拶のための張り付けた笑顔が僅かに崩れて、ぐぐっと眉間に皺が寄って行くのが感じ取れた。生徒会長の第一印象を決める初舞台なのに不味いなと思いながらも、沸き上がる嫌悪感はどうしようもない。


「以上をもって、歓迎の言葉と―――。」


「いたします。」で結んでわたしの生徒会長初仕事である挨拶は、問題なく終わるはずだった。

 けど‥‥。


「したかったのですが、どうしてもみなさまにお伝えしたいことが増えましたので、アポロニウス王子のお言葉をお借りして更に一言追加させてくださいね。自己研鑽に勤め、貴族たる誇りと信念を貫く心の種は、すでにみなさんの中で育まれ始めているでしょう。わたしはみなさんの限りない可能性を信じています。」


 話が長くなってしまうのは申し訳ないので、謝罪の気持ちを込めてにこりと笑んで、小首をこてりと傾げる。すると、ヘリオスがぎょっと眉を吊り上げてこちらに視線を向けるのが見えた。パクパク動く口は間違いなく「お姉さま!?」と言っているのだろう。けど、わたしが生徒会長を務める任期に、また気持ちを操作されるような事件を起こさせる気はさらさらない!


「それなのに生徒会長たるわたしの言葉の最中に、もし他に気になる何かがあるのならそれは気の迷いでしかないでしょう。周囲に流されるものではなく、自分自身の心を強く持ち高めることのできる素晴らしいあなた自身をもう一度見つめなおしてください。生徒会長セレネ・バンブリアは、学園生たるみなさまを心から大切に想っています!どうです?わたししか目に入らないでしょう?これから、一緒に頑張りましょうね!」


 憎々しげな視線を送ってくるユリアンに対抗する意思を込めて、人差し指を向け、ぱちんとウインクすると背筋に感じていたざわりとする嫌悪感はすっと消え去った。かわりにユリアンの表情は更に険しく歪んだけど、ヘリオスを無事護れたから気にしなーい!

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