第3話 王子は簡単には見逃してくれなかった。

 王立貴族学園の入学式は、保護者の出席は無い。本来ならば領地に在って統治業務を行い、また王城にて勤めを果たすのが貴族だ。しかも学園に入るのは血のつながりの薄い親戚縁者から迎えた養子や、のために全くの血縁関係の無い所から迎えた子など、卒業までの一時的な親子関係となっている者が殆どだから、わざわざその入学式のために大切な執務を投げ出して来たりはしない。もちろん、伝統ある貴族家嫡子も居るが、入学式は先の理由で慣例的に保護者の出席は無いこととなっている。


 そんな訳で、在校生三学年に、新たに一年生と少数の転入生を加えた入学式が執り行われているホールでは、新入生代表のアポロニウス・エン・フージュが、金の組み紐を編み込んだ艶やかな黒髪を揺らして、まだ幼さの残る声を朗々と響かせる。


「私たち新入生一同は、学園創設者たる初代フージュ国王の名に恥じぬよう、自己研鑽に勤め、いついかなる時も国の舵を執る貴族たる誇りと信念を貫ける精強せいきょうな心を育む事を誓います。」


 一段高いステージの上で学園長に向かい合い、堂々と告げる姿はまだ若輩ながらも国を担う意気に溢れた頼もしさが感じられる。それもそのはず、王国の名を自身の名前に持つこのアポロニウス・エン・フージュは、現フージュ王国国王の第一王子なのだから。そして対する学園長は、創設者は初代国王ではあるけれど、現在では多忙な国王が実務を兼務することは叶わず、国王から任命された王家筋の賢者と名高いクロノグラフ元公爵が務めている。見た目は穏やかな好々爺なこともあって、王子を見る学園長は孫の晴れ姿を微笑ましく眺めるそれにしか見えない。いや、まさしく親戚の子なんだろうけど。


「伺いましたわ。入学式から、また騒ぎを起こされたそうですね。」


 うぐっと息を飲んだわたしに対し、話し掛けてきたバネッタこと、ニスィアン伯爵令嬢は正面のステージへ視線を向けたままの澄ました表情だ。アイリーシャの見舞いに共に出かけて以来、それまで直接の接触をして来なかったバネッタとは、何故かこうして会話を交わすようになった。そして、例の髪飾りも引き続き愛用してくれているようだ。どんな風の吹き回しかと聞いたら、あっさりと「出る杭なら打ちますが、大きく育った杭は既に柱でしかないので打ちません。機を待ちます。」とのことだ。機って何よ!?怖いな貴族女子。そしてそれに伴い、取り巻きなんちゃって貴族令嬢たちの嫌がらせ攻撃は止んでいる。


「もしかして、玄関前のことでしょうか。早耳ですね。」

「おしゃべり雀たちがこぞって広げておりますわ。力があるものはそれだけ足をすくわんと狙う者が多くなり、些細な出来事も大きく広げて伝えられますから、柱でもぽっきりと折れてしまいますわよ。お気をつけあそばせ。」


 えぇー。直接攻撃から間接攻撃に切り替わっただけー?と、思わず遠い目になったわたしの視線が、なぜか挨拶を終えて降壇する王子とバチンと合った気がした。自意識過剰かしら?と小首を傾げると、遥か前方の3年生席から噂の元凶がわたしを憎々しげに睨んでいるのが目に入ってしまった。そうか、あの美意識高い系爆弾娘ユリアン・レパードはヘリオスと同級生だったのか。そしてホントにわたし何かした?ちなみに今は、護衛ズやヘリオスは一緒ではないので令息たちを侍らせている状態ではないはずだ。


「レパード男爵家18女ねぇ。手段を選ばないにも程があるよ。」


 皮肉気な笑みを浮かべながら、わたしを挟んでバネッタとは反対側に立ったスバルが、ユリアンを眺めながら呟く。彼女にとっては18女などという数字は、「外戚なんちゃって貴族の五女八女の穀潰し」を遥かに凌駕した呆れた存在でしかないのだろう。


「今年からは王子が入学されましたから、かのレパード男爵もその名の通り、本格的に狩りを始められたのでしょう。本当に見苦しいことです。」


 バネッタまでもが、今だわたしに視線を向けるユリアンを見ながらひんやりする笑みを浮かべる。このふたりの情報網から推測するに、ユリアンは俗に言う「のために全くの血縁関係の無い所から迎えた子」と云ったところだろうか。両脇から冷気を帯びた空気が漂って来る気がして、思わず両腕をさすりながら、少しでもこの冷えた空気を温めようと、努めてにこやかに話題を変えてみる。


「まぁ、恋愛は自由だし、恋に向かって一生懸命な姿って、がんばれーって温かい気持ちになりますよねっ。」


 と、その声は意外なほど静かなホールに響き渡った様で、今度は新入生席に戻ろうと、ちょうどわたし達の側を通りかかった王子としっかりと目が合う。そう言えばバネッタとスバルは正面へ視線を固定したまま、口元をほとんど動かすことなく声を潜めて話していた。しまった、いきなりの悪目立ちは避けたいと、速やかに視線を逸らしたけれど、王子は簡単には見逃してくれなかった。


「先輩?まだ式の最中だと言うのに、集中を散らしすぎではありませんか?」

「ごめんなさい。あまりに素晴らしい挨拶だったので、さすが新入生代表だけあって頼もしいと感動して、思わず心が浮き上がってはしゃいでしまいました。」


 ここは素直に謝って、さっさと引いてもらおうと、申し訳なさげに上目遣いに眉を下げてこてりと首を傾げる。すると、一瞬王子は静止し、なぜか前方のユリアンからは更に鋭くなった視線を感じたのだった。

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