第67話 わたしもこれでようやく黄色い魔力の呪縛から解放された気がするわ!

 メルセンツ!ぼ――っとしているんじゃないわよ!!


 手にした試作品プロトタイプの材料入りの大きな袋をぐるぐる振り回し、メルセンツの背中を押すように端を握ったまま放り投げて当てる。スライムを入れた投網をトレントに投げた要領だ。


 ぱんっっ

「え、何ですの?」


 突然の物音に小さく肩を撥ねさせたアイリーシャが首を巡らせる。メルセンツは、背中へ袋が当たった衝撃に一歩踏み出しかけ、正面に立つアイリーシャが大きく目を見開いて自分を見ていることに気付いたのか、問う様な視線を彼女に向ける。

 わたしが手にしたままの袋は、白銀の紗の魔力で彼らには見えていないのだろう。けれど、破けた袋から弾け出た透明なビーズと大量の白い羽根はその場に忽然と現れ、光を反射して飛び散り、あるいは風に煽られて2人の目に入ったようだ。

 浮き上がる羽根に釣られるように見上げたアイリーシャと、メルセンツが息をのむ。


 青い快晴の空に、天の使いからの贈り物の様に大量の白い羽根が舞っていた。

 時にちかちかと光を反射する透明なビーズを含んだそれらは、幻想的に輝き、やがて静かに地面に落ちはじめた。


「かぐや姫が天から私の背中を押し、祝福を授けてくださったのか‥‥?」


 メルセンツが天を見上げたままぽつりと呟く。その間も、ひらひらと風にもてあそばれた純白の羽根が静かに降り落ちて来る。見上げた視線に決意を込めたメルセンツは、きゅっと表情を引き締めて改めてアイリーシャに向き直る。


「私は容易に魔力に流されてしまう程、弱い男だ。自分だけの力では君の心を僅かでも動かせない情けない男だ。だからこそ、女神が力を貸してくださるこの場で言わせて欲しい。凡愚ぼんぐな私は、君を幸せにするために生涯かけて努力し続けると。そしてその結果がどうであったのか、私が生涯を閉じるときに君から聞かせて欲しい。」


 メルセンツが真摯な瞳をアイリーシャに向けると、アイリーシャは無言のまま腕を伸ばして淡い金髪に纏わりついた白い羽根をそっと細い指でつまむ。


「困りましたわね。何としてもお断りしようと思っていたのに、まさか天のお力を味方につけてしまわれるなんて。」


 アイリーシャが、指先の羽根を見ながら苦笑すると、途端にメルセンツの表情が、光が宿ったかのように明るく輝く。


「努力する機会を差し上げるだけですよ?」

「ありがとう!アイリーシャ!!」


 見ているわたしは砂を吐き出しそうだ。けどまあ、上手く行きそうで良かった。

 女の子には、恋の話なら特にムードってものが大切なんだから。思い切る一歩が踏み出せない人たちへのサプライズ演出やアイテム‥‥ふふっ、商売の匂いがするわ。

 髪飾りの材料が無くなってしまったけど、新しい商売のチャンスが増えたと思えば安いものよね。この羽根は、新しい商売のきっかけをくれた2人への、わたしからのプレゼントにしておくわ!

 晴れ晴れした気持ちと共に、2人を見ていたら、ふいにアイリーシャが周囲を見渡して呟く。


「お節介な猫さんの顔を、今回は特別に立てて差し上げてよ。」


 猫って何のことだい?と呟くメルセンツだけれど、アイリーシャは気付いてしまったようだ。次に会える時には、彼女へも髪飾りを勧めてみようかと思いつつ、わたしたちはその場を後にした。




 今度こそ、商会に向けて出発した馬車の中。けれど新商品の材料を道にばら撒いてしまった今では目的が変わり、製作依頼から材料手配依頼へと若干後戻りしてしまった。またいつものようにヘリオスに呆れられて小言をもらうに違いない、と小さくため息をつく。


「お気を害されたなら灰燼に―――。」

「ちがうから。あと物騒だからっ。」


 何を襲おうとしているんだと、危険人物オルフェンズをじっとりと胡乱な目で見遣るけれど、当人はいたって普通の様子で、いつもの薄い笑顔が返ってくる。こんな困った暗殺者オルフェンズだけれど、さっきはこの男のお陰でメルセンツとアイリーシャの距離を上手く縮められたと思う。


「オルフェ、さっきは力を貸してくれてありがとう。貴方の力があったから、消極的だったメルセンツ先輩の背中を、あんなに美しい形で押せたんだと思うわ。本当に素敵な力ね。」


 言いそびれていた感謝の言葉を伝えると、途端に薄い笑みポーカーフェイスは崩れて、表情の抜けた真顔になり、次いで口元を片手で覆い隠して顔を逸らされてしまう。余裕を無くしたような様子のオルフェンズに、何故か少し勝てたような気持になってその表情を覗き込もうとすると、逆側からハディスの咳払いが聞こえて、思わずそちらを振り向く。ちなみに座り位置はまたしても大渓谷だ。


「セレネ嬢、僕は?情報収集も堪能な出来た護衛でしょー?見直してくれた?それとも惚れ直してくれたかなー?」


 言うことはとてもふざけているのに、浮かべるのは貴族の使う整った笑顔のハディスからは、何故か不思議な圧を感じる。なぜだろう?まぁ、確かにハディスが連れて行ってくれたから2人の仲を取り持つ手伝いが少しだけれど出来た訳だし、彼にも感謝している。


「ハディス様、今日あの場に連れて来てくださってありがとうございます。2人の事や、わたしが2人を気に掛けていたことに気付いてくださっていたんですね。あの2人が別れていたら、わたしも嫌な気持ちが残ったと思うので、今日のやり取りを見られて安心出来ました。」


 ぺこりと頭を下げると、「どういたしましてー。けどそれだけ?ちょっと残念だなぁー。」と悪戯っぽい口調で返され、はてどういう意味だと首を捻るとオルフェがわたしの腕をぐっと引いた。


「こんな狭量な赤いのは捨ておきましょう。」

「プロモーションの一環だよー。僕の手柄を、大切な護衛対象のセレネ嬢に認めてもらうための正当な主張だからねー。」


 うん、言葉は大人びているけど、なんだろうこのオトコノコ同士の口喧嘩みたいな遣り取りは。案外この2人はいいコンビなのかもしれないなー、とニヤニヤしているとハディスが何か感じ取ったのか「絶対に今、君の思っているのは何かの勘違いだからねー。」と唇を尖らせた。


 まぁ、とにかく、ようやく婚約破棄騒ぎもひとまずの落ち着きを見せたことだし、わたしもこれでようやく黄色い魔力の呪縛から解放された気がするわ!

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