第58話 いざ!円月戦法っ

「ろくにオルフィーリアこちらの実力も知らずにそんな事をおっしゃる貴方の方こそ失礼だとは思いませんか?わたしは隣のオルフィーリアと、わたしの上官を侮る発言をした貴方こそが許せないです。」


 しまった。と思った時にはもう手遅れだった。

 正面の暗紅色あんこうしょくの騎士は眉を吊り上げて顔を赤くしているし、ハディス様は目を丸くして背後に立つわたしを仰ぎ見ていた。


「セリレイネ君‥‥気持ちは嬉しいんだが。」

「上官を馬鹿にされて黙っているなんて、それこそ騎士じゃないですよね。まさかここで仲間を貶められるとは思ってもいなくて、ムキになりました。ごめんなさい。」


 反省発言をしたつもりだったのだけれど、どこか間違っていたらしい。正面の騎士の顔色は今や暗紅色の隊服に負けないんじゃないかという程、赤黒くなっている。しかし、ポルトロスさんにはツボに嵌るものがあったのか、急に豪快な笑い声を上げた。


「はっはっはっ!デジレ、お前の負けだ。この方が連れている者が、娘とは言え凡庸な者であるはずがなかろう。これでこの話は仕舞いだ。」


 この一言で、報告会の場はお開きとなった。わたしたち3人は、ポルトロスさん以外の2人の紅色騎士に是非にと乞われて訓練場へと赴くこととなった。




 屋外訓練場では何十人もの騎士や見習いであろう、逞しい体躯の少年や青年たちが木剣を振るったり、格闘術や走り込み、筋力を鍛えるトレーニングを行っている。

 その場の面々はわたしたちに気付くと、あからさまに駆け寄る者はいないまでも、ちらちらと視線を寄越しつつ訓練を続けている。


 訓練場へは、わたしたちの他に先程の報告会の席にいた紅色の騎士が一人とデジレと呼ばれた暗紅色の騎士が同行している。そのせいで背後からわたしに向けられた鋭い視線と、それに反応したオルフェンズの殺気が入り乱れて非常に心地悪い視察となっている。


「集合!」


 訓練場にいた代表とおぼしき暗紅色の騎士が号令を掛けると、あちこちに散っていた隊員は、あっという間にこちらへ駆け寄って整列し始めた。

 とその時、何処からかわたしの足元へ木剣がスルスルと転がってきて、ブーツの爪先にこつりと当たる。どうしてこんなところに、と拾い上げると視界の端にデジレの歪んだ笑みが映った。


「ほぅ、直属の見習い騎士殿は、我らに剣の腕前を見せてくださるのですか?」


 すかさず告げられた言葉に、やられたと思うと同時に、やっぱりねとの思いも浮かぶ。しかし困った。わたしには剣の覚えは全く無いんだけど、逃げるのも癪だしどうしたらいいかなぁ。


「セリレイネさん。」

「はい?オルフィーリアさん?」


 にっこり妖艶な笑みを向ける美女は、殺気に満ちている。駄目だ、今のオルフィーリアに剣を渡しては。大丈夫です!と、力強く頷いてデジレへ向き直る。


「では、剣は自己流で全然自信がないですが、お相手願えますか?」

「よろこんで。」


 余裕の表情のデジレは、隊員の一人に自分用の木剣を持って来るよう指示すると同時に、訓練場の一角に対戦用のスペースを作るよう指示する。ノリノリな様子に辟易しそうだ。

 ベストは勝利だけど、わたしは剣はちゃんと習ったことは無い。魔物の収穫では使うこともあるけど、狩りと人相手の試合は別だろう。だから、ベターを考える。わたしの強みは自己分析力。魔力を巡らせた身体機能の強化。そして前世に紐付けられた発想力。それに伴う応用力。ならば、わたしのベターは―――。


「始め!」


 しまった!考え事してる場合じゃなかった。まず最初は挨拶よねっ。ここでの挨拶は‥‥。


「よろしくお願いしまっす!」


 見習いらしく、ハッキリと大きな声で告げて敬礼をすると、周囲をぐるりと取り囲んでいた隊員達はポカンとし、正面で木剣を構えるデジレは眉を吊り上げた怒りの形相だ。どうやら間違えてしまったらしい。恥ずかしくなり、照れ隠しで首をこてりと傾げると、周囲から密やかなざわめきがおこる。そんなことをしている間に、デジレが踏み込んでくる。


 わたしの発想力&なけなしの剣技の記憶よ、いっけぇー!


「いざ!円月戦法えんげつせんぽうっ」


 ハディスが目を見張るのが視界に映る。

 微かな記憶を頼りに、剣先を下に向けて下段に構え、ゆっくりと円を描くように、剣を構えた腕ごとぐるりと大きく回す。これで円を描く剣の残像視覚効果エフェクトが付けば完璧なんだけど、そこまでは望まない。


「な、なんだそれは!馬鹿にしているのか!」


 激昂げっこうしたデジレが更に踏み込みを深くし、鋭い突きを繰りだ‥‥す?

 ととん、とステップを踏む様に剣先をかわす。剣を引いたデジレがまた構えて剣先を突き出すが、これも爪先立ちのままリズムを取って躱す。

 なんと言うか、遅いわけじゃあないけど良くも悪くも真っ直ぐな剣筋って言うのだろうか。嫌がらせをしてくるご令嬢たちの個体・液体・直接の不規則多人数攻撃と比べると躱しやすい。


「攻撃しますね!」


 えいっと振り回した剣は、ふわんと閉じた扇の様に微かに風を送るだけで、簡単にデジレに躱される。


「本当になんだそれは!真面目にやれ!」

「大真面目ですよ!」


 デジレの真っ直ぐな突きを躱しながら憤慨して言う。お互い躱せるけど当てられない、大凡戦の様相を呈してきた手合わせだけれど、ハディスとオルフェンズは見守りの姿勢だ。ならばこのままで良いと云うことだろう。

 そしてわたしのベターに当たる回答を再度考えた。

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