第57話 ふつふつと怒りが湧いてきた。

 ローズグレイの騎士見習いの服に身を包んだ、わたしことセリレイネと、超絶美形お姉様騎士となったオルフィーリアは、どことなく肩を落とした紅色の華やかな騎士服に純白のマントを付けた上官ことハディスに伴われて、先程着替えた建物よりも城郭内を奥へ進んだ先に在る、更に堅牢で豪奢な建物にやって来た。ハディスによると、これは国王直属の近衛騎士専用の建物となっているらしい。今回の外出でハディスが目的地としていたのもこの建物だったとのことだけど、最初に着いた建物内の騎士に誰かとの取り次ぎを頼んだりしていたから、急遽変更した感はある。建物の中か、付属する施設に演習や訓練を行う場があるのか、近付くにつれ剣の打ち合う音や、掛け声のようなものも漏れ聞こえて来た。


 頭上の大ネズミは、森から抜ける時にネズミーズと共に木々の奥深くの方向へ去って行った。どんな条件でやって来るのかは、ハディスもしっかりとは把握していない様だけれど、彼の考えに反応して自主的に動くらしい。なので、思いもしない動きをされることが「最近多すぎてもぉやだー。」とのことだった。



「お待ちしておりました、――ハディス様。」


 執務室と思われる、外観からの想像通りの広い部屋突き当たりの大きな執務机に着いていた、大柄で厳めしい男が立ち上がった。如何にも連戦の騎士らしい筋肉質な体躯に、日に焼けた肌が焦げ茶色の髪に映える。纏うものはハディスと同じく紅色の騎士服。

 今、名前呼ぶときに微妙な間があったよね?

 気にはなるけど、この場は黙っておくべきだと口をつぐむ。わたしは新米見習い騎士だから、と自分に再度言い聞かせてむぐっと下唇を噛む。


「こちらのお2人は?」


 大男の視線がわたしとオルフィーリアの間を行き来する。わたしは素性がばれないかとドキドキだけれど、オルフィーリアの方は余裕の微笑が口許に浮かんでいる。見習わなければ。


「あー、僕直属の見習い騎士って事でよろしく。ポルトラス。」

「成る程。あなたの直属とすれば騎士達に余計な軋轢を生むかと危惧しましたが、この御二人を見る限りその心配は無さそうですな。」


 言いながらニカッと闊達な笑顔を浮かべて「ついに貴方様にもそのようなお方が‥‥。」などと聞き捨てならない言葉をハディスにだけ聞かせるように小声で付け加えている。


「ポルトラス君ー?勘違いだから、お願いだからやめて。」

「はっ。心得ております。」


 ポルトラスさんは微笑みを浮かべながら敬礼を返しているけど、美形騎士オルフィーリアは残念ながら男性だ。気の毒そうな視線をハディスに向けていると「君も、変な勘違いをしない様に。」と心底嫌そうな顔をされた。


「了解ですっ!」


 元気よく敬礼を真似てみせると、ハディスは大きく溜息をつき、ポルトラスさんは孫を見るような視線を向けて来た。

 ノックが響き、執務室に更に4人の騎士が入室すると、ハディス、ポルトロスさん、その他年長騎士2名の何れも紅色の騎士服の面々が部屋中央の応接セットに腰掛け、暗紅色あんこうしょくの騎士2名がそれぞれの上官と思しき相手の座る背後に立った。

 わたしとオルフィーリアは、勿論ハディス様の背後に立っているけれど、真後ろはハディス様の必死の視線による訴えもあって、オルフィーリアではなくわたしだ。


 再びノックが響き、ティーセットを乗せたトレーを引いて入室した男性騎士は着座した4名へ紅茶を入れたカップを配り終えると、ポルトロスさんの背後に立った。彼も他の立っている騎士とおなじく暗紅色の隊服で、ローズグレイを纏うわたしたち2人がこの中では一番格下の様だった。


 だからだろうか?正面に立つ、名前も知らない暗紅色の騎士2人から、時折刺すような視線が投げ掛けられる。と、同時に隣のオルフィーリアからは冷気に似た気配が発せられるけど、これは殺気だろうか?正面のハディス様の顔が引きつっていなければ良いのだけれど。


 上官たちの報告会はハディス様がバンブリア家の朝食の場で話したのと変わらない内容が告げられただけで、他の3名からの追及や疑問も殆ど出されずにスムーズに進んだ様だ。


 着座した4名が、堅い話も終わったと余談を始めようとした時、機をうかがっていたかの様に、ついに正面の暗紅色の隊服1名が挙手と共に口をひらいた。


「私から一つ、宜しいでしょうか。皆様が下世話すぎるため口に出来ずにいらっしゃることを、敢えて述べさせていただきたいのですが。」


 わたしたちを鋭く睨んでいたうちの1人が、こちらに歪な笑顔を向ける。


「こんな戦い方も知らず、茶の入れ方や刺繍しか出来ない様な女性たちを騎士、しかも直属とされるのはいかなる理由ででしょうか?貴方様の直属の座があるなら、それに見合うべく努力と研鑽を積んだ者達からお選びいただきたい。『騎士』でないのならまだ納得は出来ますが、その呼称を冠するにふさわしく無い者がその座にいるのは、やはり許せません。」


 どうか、呼称の変更を―――と結んだ暗紅色は、ハディスが公私混同の上、自分の恋人オルフィーリアにその実力もないのに「騎士」の呼称を与えたと憤っているのだろう。けれどそれは、オルフェンズだけでなく、ハディスをも侮っている事になると気付いていないのだろうか。


 そう思うとふつふつと怒りが湧いてきた。

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