第56話 お姉様騎士の威力が、やばいのです。

「赤いの。何もする気は無いから、この鬱陶しい奴らをけしかけるのは止めろ。」


 ハディスは苦虫を嚙み潰したかのような表情をしながら「余計なことを」とぽつりと呟く。

 なんと、はハディスの管轄でしたか!なにそのスキル?ハーメルンの笛吹き男みたいなもの!?


「っっだーもー!勝手に反応するんだよ。そもそもお前がセレネ嬢を神隠しにする様な、おかしな動きをするからだろー。だから心配したこいつらがお前の魔力に攻撃アタックしたりするんじゃないか。」

「そんなに心配なら、ずっとセレネ嬢にくっ付いていればいいんじゃないですか?私みたいに。」


 くすくす笑いながら、背後から伸ばされた手がわたしの前で組んだ形を取る。

 いや、これ背後からの拘束だし!

 ぺちりとオルフェンズの手の甲を叩いて、両腕の間からするりと抜ける。


「なんでハディス様は、わたしが後を追ってるとか、オルフェが一緒だとかが分かっているんですか?」

『ちゅう』


 今頭の上から聞き慣れない声・いや、鳴き声が聞こえてきたけどそう言えば‥‥、因縁の湖の水鏡に自分の姿を映して、改めて頭の上の大ネズミを見る。いつの間にかわたしの頭の上に戻っていたこやつは立派な緋色の大ネズミだ。ネズミーズと同じ色、同じ形、そうか―――この大小緋色ネズミ―ズが共にハディスの管轄なら、双方揃ってハディスに情報を送っていてもおかしくは無いだろう。

 即座に納得したわたしを、ハディスは何故か眉根を寄せた表情で見ている。


「ただの報告のはずがこんな大事になるなんてさぁ‥‥。ほんと、どうなるんだろうね。―――静かに出来るなら一緒に来ると良いよ。ただ、全く面白い話をするわけじゃあないからね。」


 魔力で隠れるのは絶対に無しね!とハディスは念押ししたのだった。




 大門の中は王立貴族学園に始まり、森と湖を抜けて更に跳ね橋を渡ると幾つもの施設の豪奢な建造物が立ち並ぶ区画へと変わった。


 ハディスはその建物のうちの一つに迷いない足取りで入って行き、わたしとオルフェンズは、黙々とその後をついて行く。約束通り白銀の紗は無しだ。


「この二人に、見習いの隊服を見繕ってやってくれないかなー。」


 入って最初に出会った、かっちりとした騎士服を纏う青年に告げると、青年は何も問わずに敬礼と共に「はっ!」と短い言葉だけを残して速やかに建物の奥へと消えて行った。


「君たちはこっちねー。で、ここから君たちは新人騎士見習いのセリレイネとオルフィーリアね。」

「赤いの‥‥。」

「僕、君たちの上官の先輩騎士ね。」


 あ、オルフェンズのこめかみに血管がうっすーら。そうだよね、オルフィーリアってことは女装(あれ)だ。しかも騎士服だと!?


「オルフィーリアとまた一緒なんて嬉しいわ!」


 ワクワクを隠しきれていない声で告げると、オルフェンズは目を丸くし、そしてふわりと薄い笑みを浮かべる。


「セリレイネが一緒なら。」


 それから誰もいない客室とおぼしき部屋へ通されると、程なく先程の騎士が二人分の隊服を持ってきてくれた。見習い、と云うことで用意された隊服は先程の青年騎士の纏う暗紅色あんこうしょくのものよりも簡素なものの、かっちりとた形状でありながら、ローズグレイの生地に襟口や肩から袖口に向かってライン状に黒で華麗な装飾が施され、タイトなクラバットに膝下までの編み上げの皮ブーツを合わせるもので、わたしの期待に充分に応えてくれるに違いないそれ等に期待値がどんどん上がって行く。


 客室には幾つかの小部屋が繋がっており、それぞれの部屋に分かれたわたしたちは手早く着替えを済ませると、最初に通された客室へと戻った。


「ふぅぉっっ!」


 扉を開けて開口一番奇声を上げたのはわたしだ。だって仕方がない、そこに待っていたのは期待値を更に上回った怜悧な魅力を放つ超絶美形の女性騎士だったんだから!

 薄い笑みを浮かべた女性騎士と共に、わたしを迎えたのは鮮やかな紅色の騎士服を纏ったハディスだ。こちらは金糸の装飾が施された一段と華やかなもので、お決まりの様に『有翼の獅子』の刺繡も胸の上に鎮座している。それまで苦々しい表情だった様で、微かに眉根が寄っていたけれど、わたしを見た途端眉間の皴は消えて目を見開き、その口から「にあう‥‥。」という言葉が零れる。


「いや!ダメだ!まずいぞこれはー。並べて歩いたら目立つことこの上ないぞっ。」

「良いんですか、悪いんですか、どっちです?」

「だから、僕上官だからー。」

「はっきりなさってくださいませ、上官様?」


 ぷくっと頬を膨らませたわたしに代わって、オルフェンズが妖艶な笑みを浮かべながらハディスに詰め寄る。

 うん、確かにこのお姉様騎士の威力はまずいかもしれない。

 ふむと納得の頷きをしたわたしに恨めし気な視線を向けたハディスは「絶対分かってないでしょー。」と、更に頭を抱える。


「失礼な、ちゃんと分ってますっ。」


 と、騎士服に合わせて髪を精緻に編み込んだ頭を、こっちの美形お姉様の事でしょ?とばかりに、くるりんとオルフィーリアに向けると「やっぱり分かってないよぉー。」と弱弱しい呟きが聞こえる。


「攻撃力が、君の思う2倍‥‥並べばそれ以上になるんだからねー。」


 ハディスが遠い目をして天井を見上げた。

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