第59話 でも負けたくなーい!

 そしてわたしのベターに当たる回答を再度考える。デジレに1回で良いから木剣を当てる方法を考える。


 考える。


 考える?


 基礎が無いものは考えようがなーい!

 剣なんて習ったこともなければ、狩りで使うのも投網やナイフばっかりで、記憶をもとに振り回しても付け焼刃も良いところ過ぎて、騎士相手に普通に一本取るのは無理!でも負けたくなーい!


 ならば、剣技っぽい形を取るのは諦めよう!


「とうっ!」


 木剣を地面に突き立て、その反動を利用して周囲を取り囲んだ隊員たちの中へ飛び込む。低い姿勢のまま勢いを殺さないように素早く地面を蹴り、大男たちの足元を潜ると、デジレの背後を狙って飛び出す。


「はい・タッチ!」

 ぺちり。


 横に倒して持った木剣が、デジレの肩に届いた。

 ふぅ、無事終わったー。あれ?デジレさん肩がプルプルしてる?


「ふっ‥‥ふざけるなぁー!」


 振り向きざまに怒鳴りつけられた。しかも、手にした木剣の横薙ぎの大振り付きだ。そんなおまけは欲しくないので、咄嗟に背後に跳ねて避けようとしたけど体勢が崩れる。


「はい、おしまい。」


 ハディスの声が真後ろから響いて、両脇の下に差し入れられた両手でしっかりと支えられ、そのままハディスの隣へそっと降ろされた。


「じっ‥‥上官殿!今の勝負は無効です、こんな剣技も試合の形もまるきり無視したやり方は納得できません!」

「仕方ないんじゃないかなー?この子は剣に関しては素人だから、形を求めても無理だと思うよー。」

「は?剣は自己流と言うのは、自信が無い言い訳では‥‥?」

「見た事しかないので、想像の範囲でしか再現できないってことです!」


 怪訝な表情のデジレに、ふんすと鼻息荒く答える。


「この子はそういう子だから。純粋な剣技や武力なら、見習いよりも格上の君たちの方がずっとまさると思うよ。けど、僕は応用力でこの子達を買っているんだ。」

「ということは、諜報の方でしたか!」


 これまで黙していた紅色騎士服の壮年の男がようやく口を開いた。わたしは思いもよらない言葉に一瞬目をむきそうになるが、側に立つ騎士オルフィーリアの姿を見て納得する。こんな妖艶美女ならスパイされる側もイチコロに違いない。


「そこは君の想像に任せておくよ。彼女たちは秘密兵器みたいなものだからねー。色々と明言出来ない事が多くて。」


 肯定も否定もしないハディス様の説明に、紅色騎士服は何故か納得したらしい。


「成程、これは余計な詮索を致しました。私の部下デジレの暴走は私の不徳の致すところです。度重なる無礼について、ご寛恕かんじょを請い願いたい所存です。」

「こちらこそ。騒がせて申し訳なかったね。」


 大人な話し合いのお陰で、大凡戦の決着もようやくついたみたいだった。良かったと胸を撫で下ろしていると、再び訓練場に号令がかかり、凡戦を見に集まっていた隊員たちがそれぞれの訓練を再開すべく、千々に戻って行くところだった。


 自分が注目を浴びる場さえ済んでしまえば、あとは初めて見る騎士の訓練姿を堂々と見られるとあって気分は社会科見学の学生だ。ドッジボール令息の練習に応用できるものはないかとワクワクしながら周囲を見回していると、訓練場の私たちの立つ位置のちょうど反対側で、なにやらボールを用いた訓練を始めている一群が目に入った。


「上官!向こうのボールの訓練見に行っていいですか!」


 是非見たいです!の気持ちを前面に押し出したおねだりに、ハディスは苦笑を浮かべながら「仕方ないなぁ」と呟き―――。


「じゃあ行ってきます!」


 目的地は四角い訓練場の丁度対角に当たる先、急がないと見逃してしまうし、ハディス様たちを待たせないようにさっと行って、さっと帰って来なければ!と、足に魔力を流してダッシュする。


「目立つ行動はしないように、って言いたかったんだけどなぁー。」

「私も追いましょうか?」

「止めて、魔力ちからを使うのも、筋力ちからで追うのも止めて。二人で目立たないで?」


 わたしが去った後、そんな会話をハディスとオルフェンズが交わしているのも知らず、さらには訓練場にいた隊員たちの「なんだ!?あの脚は!あんな俊足見たことないぞ!」などと言うざわめきにも気付かずに、辿り着いた先のボールを用いた動体視力アップの訓練を充分に見学したわたしは、隊員さんたちにも概ね好意的に対応してもらい、大満足でにこやかに訓練場を後にした。



 バンブリア邸への帰路での会話。


「そう言えば、どうして皆さんハディス様に訓練を見学して欲しがっていたんですか?」

「んんー?どうしてだろうねぇー。」

「あの場に居た者は、赤いのの関心を買おうと必死だったのですよ。途中で桜の君の威光に気付いたものも居たようですが、私がしっかり牽制しておきました。」


 わたしとハディスが揃ってグリンとオルフェンズの澄ました顔へ向き直る。ちなみにてくてく歩く私たちの並び位置は、わたしを間に挟んでハディスとオルフェンズが両脇の横並びだ。2人とも背がわたしより頭一つ分以上高いから、なかなかの渓谷が形成されている。


「僕はしがない騎士団の閑職だから。それより、君‥‥何やって来たの?」

「手は出していません―――が、心棒者は、私一人で充分ですから。」


 薄い笑いに背筋が寒くなったのは久し振りだ。「やだぁ、君たちどんな誤解をつくって来たんだよぉー。」とげんなりと両肩を落としたハディスの背中を、頑張れ!の気持ちを込めて、ぽんっ・と叩いておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る