第53話 嫌だなぁ、頭の上で暴れまわる大ネズミなんて。
オルフェンズと2人で串焼きを分けあっていると、何故か頭上の大ネズミがびりりと震えた気がした。
「ねえ、オルフェ。わたしの頭の上‥‥どうなってる?」
大ネズミが頭の上に居ると云う異常事態に、街の人々が全く反応していないところを見ると、多分周囲の殆どの人達には見えていないのだろう。なので「大ネズミ」の単語は伏せて話す。
「特には。何か感じるのですか?」
すうっと目を細めて頭の上を一瞥したオルフェンズだったが、すぐに楽しげな口調で返してくる。感触は無いに等しいのだから解説しろと言われても無理な話だから聞いたのに。
「うーん、ビリビリしてる?いや、ピリピリかしら?」
「それは何より。
ひゅっ
わたしの頭上すぐの所を風を切る音がして、気付くとオルフェンズがわたしから奪い取った肉串を一振りしたところだった。
急に1人で持ちたくなったのかな?まぁ、良い年の青年だしねー、などとのんびり考えながら肉に視線を移して思考が静止した。
「ナイフ?いつの間に出したの?」
「食べやすくなりましたね。」
獣肉に深々と刺さったナイフの柄を持って、二等分にした肉をもぐりと口に納めるオルフェンズは、至って落ち着いている。確かに、半分に切った方が食べ易そうだ。いや、そうじゃない。
「だから、オルフェはいつの間にナイフを手にしたの?」
「出していませんよ。」
「だよね!?」
済ました様子で肉を食べ切ったオルフェンズは、ナイフと、肉の無くなった長い串を片手でくるくると弄んでいる。じゃあこのナイフの出所はどこだと探すけれど、怪しい人間は見当たらない。
「取り敢えずこの場は離れたみたいなので問題ありませんよ。」
「オルフェ?『誰が』この場から離れて、『何の』問題が無いの?もう少し詳しく話してくれないかしら。」
腰に両手を当てて詰め寄ると、オルフェンズはキョトンとした後に、いつもの薄い笑みを浮かべる。
「やはり桜の君は面白い。怖くはないのですね。」
「それ、答えになってないから。大体、何よりも物騒なのはオルフェの方でしょ。わたし、何でも無暗に怖がるのは無駄だと思うもの。何か打てる手があるうちは、何とかしたいって思うわ。」
「あぁ、時間切れです。」
「なに―――」
キンッ・ひゅっ
足元に転がった、新しいナイフと、オルフェンズの手の中のナイフ。こちらは肉に刺さった方だろう。長い串はどこへ行った?
辛うじて、オルフェンズが弄んでいたナイフを手に、飛んできたナイフを小さな腕の動き一つで叩き落とした所は、視界の端に捉えられた。けど一緒に手の中にあったはずの串がどうなったのかは分からない。
「先程の答えですが『誰が』は、桜の君の殺害を請け負っていた仲間を、消した私への報復に来た暗殺者。『何の』問題かと言うと、追撃される事だったのですが、のんびりしている間に戻って来てしまったようでしたね。今日は、桜の君との折角のデートなので、警告に留めておきました。」
「もしかして、串を投げたの?」
「はい。ですから殺傷力は低めですね。」
くすくすと潜ませた笑い声と共に、肩を引き寄せられると、途端に視界が白銀の
「これってオルフェの魔力?!」
「ほんの少しの間だけ、私と二人きりの世界をお
いや待て、その前にデートって言ったよ?二人きりって何事?どうして
情報量の多さに頭の中がぐるぐるしている間に、オルフェンズの魔力に包まれたのか、車酔いのような気持ち悪さが込み上げてくる。けれど、周囲の人の視線は一切こちらへは向かないし、暗殺者の更なる追撃もない。どんな仕組みかは分からないけど、オルフェンズが随分厄介な魔力を持っているのは間違いない。けれど少し先に居たハディスは、何か感じるものがあるのか、ふと立ち止まり周囲を見回す。一瞬、こちらを見たような気がしたけれど、すぐにその視線は外れてしまった。
「あ!ハディス様が動き出したわ。あっち、結構急ぎ足なんだけど!」
視界の先のハディスが急に迷いない足取りでテントの間を歩いて行く。ここまで、あちこちのテントの中を覗いては、一貫性なく色んな品物を物色して随分ゆっくりしているものだと思っていたのに、急に焦り出したかのように脇目も振らず速足で人混みの合間をすいすいと抜けて行く。
今までのだらだらした動きは待ち合わせ時間までの時間つぶしだったのかと首を捻りながら、あっという間に中央広場を抜けたハディスをひたすら追う。
「なに慌てているのかしら、ねぇオルフェ。」
肩に置かれたオルフェンズの腕が微かに震えて、彼が笑っていることが分かる。何を笑うことがあるんだろうと見上げると、いつもより少し楽しそうな薄い笑みがわたしに向けられる。
「ふふ、大ネズミがここまで焦って動き回るとは、桜の君と居ると実に面白いものが見られます。」
「えぇ!大ネズミが動き回ってる!?」
わたしは思わず頭の上へ両腕を上げて大ネズミを抑えようとしたけど、やっぱり手は空を切って触ることは出来なかった。
嫌だなぁ、頭の上で暴れまわる大ネズミなんて。
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