第51話 やっぱり身内はわたしのことを良くわかっている。

 我が家の朝食は、決まって同じ時間に邸内にいる家族が集まって摂る事になっている。

 それぞれが忙しく商会活動や商品開発を行い、家族揃っての団欒の場がなかなか作れないバンブリア家だ。せめて朝食の時間くらいは一緒に過ごしたい……と幼いわたしが言い出し、それからずっと続けられて、我が家の絶対的ルールへと昇格している。そしてその朝食の場には、今やバンブリアの家族と共に当然の面持ちでハディス様が着座している。


 ――が、今日の食堂は、いつものほのぼのした雰囲気ではなく、少しピリリとした空気に包まれていた。


「バンブリア男爵、占術館であきなわれていた違法商品については、無事関係者と商品を取り押さえることができました。ご協力感謝します」

「それは良かった。うちの大切な娘に付くたちの悪い虫が、これで少しでも減ってくれれば有難いのですけれどねぇ。そうそう、今回の騒ぎの元となりましたヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢はどうなりましたかな?」


 気になりつつ確認できなかったことその2。さらっと父が話題にのせた、まさにそれ。メルセンツとアイリーシャが、どうなったかだ。

 まさしく不本意極まりないことだけど、ラシン伯爵夫人が言っていた「世間では婚約者を奪われて心を病んだなんて言われている」の件。奪った覚えは微塵もないけど、わたしがメルセンツをたぶらかして、格上の伯爵令嬢の心を壊した悪役令嬢みたいに思われている可能性があると云う、商会に悪影響を与えかねない案件!

 今回、これを何とか払拭するために黄色い魔力を追い掛けて、遂には『仏の御石の鉢』にまで辿り着いたんだけど、まさか神器に結び付くなんて想像もしなかったし!―――で、黄色い魔力が巻き起こした騒動って表に出せるの?出せないんだったら、わたしとバンブリア家の奮闘は骨折り損になっちゃうんだけど?!


「閣下?そちら側にも話せない内容が何かと多いことも理解しておりますが、嫁入り前の娘に悪影響のあろうかと云う事をそのままにしてはおけませんわ」

「そうですね、僕らも商会員や王都商業ギルドへの説明責任を負っていますから、いい加減な内容は受け入れられません」


 母オウナと弟ヘリオスのタッグが連続攻撃を決める。わたしは専ら心の中で声援を送る係だ!適材適所よ。


「あー、それね。考えてるよ」


 さぁさぁ、ハディス様!この場をどう凌ぎますか?

 3対1にも関わらず、余裕の態度を崩さないハディス様と家族の白熱の展開に思わず膝の上の両手を握り締め、ムムムッと目を見開いて凝視する。

 ハディス様がわたしに視線を向けて、困った様な表情をすると、ふと、片手を上げようとしてさ迷わせ、テーブルに戻す。


「そんな顔しなくても大丈夫だから」


 あぁ、そうか、頭を撫でようとしたのか。それはわかったけど「そんな顔」とは?ヘリオスに問うべく視線を向けるも、くっと眉間に皺を寄せて、さらっと流された。どういう意味?


大禰宜だいねぎまでが、芋づる式に出てきたのはこちらも予想外だったんだ。こちらが、想像以上に手強かったせいなんだろうけど。けど、お陰で後始末がやり易くなったんだ」


 ハディスが言葉を切り、ちらりとわたしを見る。


「神殿の高位神官が、秘密裏に『神殿が管理する高濃度魔力』の私利私欲による濫用を行った。その魔力の危険性を知らされずに使用し、魔力が体内飽和度を越えてしまった為、心を病んでしまった憐れな貴族が一部に存在する。彼らの社会復帰は王家と王都中央神殿が共に手を尽くす。そんな報告を、僕はする事になる。それが、契約通りバンブリア家を護る事にもなる」


 どこへ、どうしてハディス様が報告をする事になるのかは分からないけど、そんな筋書きに変換されるらしい。『人は魔力を帯びすぎると変容すると言い伝えられているが、定かではない』というこの世界の定説を利用した形だ。それは構わない。


「けど、私利私欲じゃなかったんじゃないですか?」


 最後の、ムルキャンの叫びと、ろくに部下を見ようとしない大神殿主だいしんでんぬしの姿を思い出しながら思わす口走っていた。ムルキャンは、やり方は最悪だったけれど、やる気のない責任丸投げ上司を支えようとしていた様だった。部下にだけ責任を追わせる尻尾切りなやり方と、やる気のない上司を擁護するやり方は、上司が部下を守り育てる商会の組織を間近に見て来たわたしには、あまりにやるせない。


「力無い者、逃げ出した者は、勝ち残った力ある者に都合良く利用される。歴史上良くある事だからねー。それに、その理由にした方が、君にも傷はつかない」


 それは分かる。分かるけど、納得できるかはまた別の話だし、ハディスはバンブリア家に有利に働く様に考えてくれたみたいだとも思う。それでも、やっぱり―――。


「お姉さま、悪い話では無いと思います。そのお顔を何とかしてください。さっきから百面相が過ぎます。分かり易いのも分かり難いのも、お姉さまらしくはありますが、如何なものかと思いますよ」

「仕方ないじゃない、交渉事とかは苦手なんだもの……」


 不貞腐れながら呟いた自分の今の表情を、自覚する。納得いかないと、全面に押し出した眉間の皺。そして、ヘリオスが口を出してくれなかったらきっと言っていた「ハディス様大嫌い!」と。分かってる、ハディス様が悪い訳じゃない。勝者として舞台に残ったわたし達が有利になる様に纏めてくれたんだ。

 下唇をぐっと噛むと、自然と膝の上の両拳にも力が入る。なんだか自分の不甲斐なさが悔しいと思うと目が潤んでしまった。


「セレネ嬢、彼らのことをそんなに気に病む必要はないよ」


 気遣わしげにハディスが声を掛けてくるけど、その言葉は、わたしの気持ちを素通りする。そうじゃないんだ、わたしが思うのは。


「いいえ、ハディス様。お姉さまは、自分で何とか出来なかったことを悔しがっているんです。彼らをただ憐れんでいるわけではないので、その辺はお間違えなく。お姉さまは、あくまでもアグレッシブです」


 そうだ。弟よ……身も蓋もない説明だけど、やっぱり身内はわたしのことを良くわかっている。


「なので、お姉さまを他のご令嬢のように捉えるのは諦めてくださいね」


 強気に眉をつり上げた笑顔を作るヘリオスの、何か牽制じみた空気は何故かは分からないけど、ハディス様の「そうだね、僕もまだまだだねー」と云う返答で、ハディス様に向けられたものだと理解することが出来た。

 わたしもまだまだねー。

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