第47話 頭の上の大ネズミが離れてくれない件。

 王都警邏隊によって占術館で行われていた『不当な商取引』と『副作用のある魔術』についての事件が無事解決したとの告知は、新聞や人々の口伝くでんによりあっという間に世間に広まった。

 けれど、占術館が神殿関係者によって運営されていたことや、元大禰宜だいねぎムルキャンが関わっていたこと、大神殿主だいしんでんぬしの魔力や神器『仏の御石の鉢』が利用されたことは一切表には出なかった。


 もしかしたら、メルセンツとアイリーシャの婚約破棄劇が無かったかの様に扱われるようになった時と同じ力が働いたのかもしれない。権力者の力、怖いなぁ。


 わたしはと言うと中央神殿での騒ぎの後、部下全員が無事正気を取り戻し、大禰宜おおものの捕縛にもかかわらず一人の重傷者も出すことなく任務達成が叶ったと、警邏隊長に感謝の意を述べられはしたものの特に調書を取られることもなく、すぐにヘリオスと共に帰宅することができた。


 とは言うものの、月も随分高く昇っていて、あれやこれやのランニングや大立ち回りもあったせいで疲れきっていたのだろう。風呂にも入らず、気付けばそのまま眠ってしまっていた。


 そして朝、ハードボイルド魔法少女姿のまま眠った私はたっぷり寝汗もかいていて、あまりの気持ち悪さにすぐさま浴室に来たのだけれど。


「いや―――――!ちょっと、何!?」


 迂闊にも、思わずあげた叫び声。


「セレネ嬢!何があった!!」

「ぎや――――っ!なにしに来たのよ!!」


 浴室のドアをハディスに開けられかけて、浴槽に首だけ出して飛び込む。


「だって、護衛だから、叫ばれたら来るって!」

「大丈夫!いや大丈夫じゃないけど、護衛のいらない、きゃー・だから!」

「何だよそれ!」


 わたしは改めて、恐る恐る浴室の大きな鏡を覗く。

 頭の上の奴は、呑気に後ろ足で首を掻いている。


「やっぱり居るし――!」

「どっち!?要るの?要らないの?もぉーっ」

「ハディス様は来なくて大丈夫だから!ただネズミが居るだけだからっ」

「んなっ!」


 バンッ

 と扉が開くと同時に血相を変えたハディスが踏み込んでこようとする。


「オルフェンズ!何をやっているんだ!!」

「そのネズミじゃないわ―――!」

「ほう、赤いのは自分を差し置いて私をネズミ呼ばわりですか」

「増えてんじゃないわよっ!」

「何事ですか!?お姉さまっ」

「みんな出ていって―――っ!」


 手近なものをポイポイ扉に向かって投げつけて、何とか全員追い出したわたしは、のんびり入浴を楽しむ間もなく慌ただしく行水する羽目になったのだった。扉の外でガヤガヤされたんじゃあ気が気じゃないからね!

 けれど行水でも気付きはあった。この頭上の大ネズミは、わたしから触れることは出来ず、手を伸ばしてもそこに空気しかないかのように通り抜けてしまう。よって、頭に大ネズミが乗ったままでも洗髪出来るのだ!居ないに越した事はないが、これなら何とか日常生活もやっていけそうだ。


 身支度を整えて部屋から出ると、扉の横に護衛のハディスはまぁ解るとして。何故かヘリオスとオルフェンズも揃って立ちんぼ状態だった。あれ?わたし立ってなさい、なんて言ってないよね。


「おや、これは面白いことに」


 オルフェンズが、ほかほか上機嫌のわたしの顔から上を一目見るなり、口元に薄い笑みを浮かべつつ、ハディスへそのまま視線を送る。


「何が言いたい」

「いいえ、別に」


 苦虫を噛み潰したような表情になるハディスを、オルフェンズは楽しげに眺める。


「ただ、ネズミこやつらは主の意思を尊重しているはずですので、面白いことになっていると考えたまでですよ」


 貴公子然とした微笑みで続けるオルフェンズだけど、どうやらハディスへの何らかの中傷となっているのか、こちらは憮然とした表情になっている。

 何のことかはさっぱり意味が分からないけど「主」って言ったのは理解した。


「オルフェ、飼い主が分かるの?野良じゃなかったのね。わたし、困ってるからその方にお引き取り願いたいんだけど」


 言った途端、頭の上の大ネズミがぶるりと震えた気配が伝わって来て、ハディスは何の表情も浮かばない真顔になった。オルフェンズは、薄い笑い―――いや、固まっているから、こちらもある意味真顔よね?2人と一匹が凍り付いている中、理由(わけ)が分からないわたしは、付いていけない同士であり、このやり取りの間中、空気となっているヘリオスへ救いを求める視線を向ける。


「僕には何も見えないですけど、今回は見えなくて良かった気がします。そして僕の意見はありませんから。何も言わせないでください。僕のためにも。バンブリア家のためにも」


 よく出来た弟は澄ました表情で告げると、ついっとわたしから目を逸らした。

 うん、わたしもちょっとは嫌な予感がしているよ!だから何がまずかったのか考えてみる。なけなしの記憶を頑張って探る。大ネズミに最近会ったのは中央神殿よね―――あ!

 確か「この子はハディス様のペットか子分なんでしょうか?」と聞いたわたしに「君のこと守ってくれてるから、可愛がってやって」と言っていたはず。


「あの、ハディス様。この大ネズミはもしかして、ハディス様からわたしへのプレゼントだったりしますか?」


 そうだとしたら、折角の贈り物を「困っている」とか「お引き取り願いたい」なんて言うのは、送り主であるハディスの厚意を踏みにじるものだから、機嫌を損ねても仕方ないのかもしれない。


 悪いこと言っちゃったなぁ。


 と、しょぼんと眉を垂らしていると、ハディスも同じように困った様子で「あーもぅ」なんて小さく呟いている。


「プレゼントというか、この子は僕の意を酌んで君にくっついているんだけど……―――なんて言うか、僕の本意ではない動きというかー」


 誤魔化すわけでもなく、歯切れ悪く、困った風に言葉を選ぶハディスに、オルフェンズは片眉を上げて笑みを深める。オルフェンズの表情に茶化されていると取ったのか、ハディスは一瞬口元をむぐ・と歪めつつ彼を睨む。

 言葉を探しているのか、時折頭を掻きつつ唸りながら 「参ったなぁー」と呟いて、いつもの様にわたしの頭に手を伸ばして……――。

 じっっっ……と、真顔で見つめるのはわたし、ではなく視線はもう少し上・だから大ネズミなわけで。

 見られた大ネズミの方は、びりりと再び震えると、何故か慌てた様にぴょんと足元へ下りた。


 ぽす


 と、ようやく触れた大きな掌は、満足げにゆっくりと2度、柔らかく頭頂をおさえる。


 あぁ、頭をネズミの定位置にするのは惜しいなぁー。なんて思うのはおかしいかな?未だ正体不明の秘密いっぱい――むしろ謎が増えてるお兄さんなんだけど、なんだかこの掌は落ち着くんだよねー。


 そう思いながら傍から感じる視線の主へ目を向けると、ヘリオスが眉を寄せた何とも言えない表情を浮かべていた。ごめん表情緩みすぎでした。

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