第43話 いや、見たいんだ、わたしは!
黄色い蛇型にバリエーション展開を果たした『魔力』。それを体に纏わりつかせたムルキャンは、警邏隊に囲まれながらも口元に笑みを浮かべて指揮者のように両手を振る。すると蛇を象った魔力もその動きに呼応して、大振りの枝の様な物を掴んだまま、ぐるぐると
美女なら煽情的だったかもしれないけれど、残念ながらグレーの長髪のおじさんだ。さらに、殆どの人には黄色い蛇は見えていないので、まるで空中に浮かべた大枝を操る
ひと際鋭くムルキャンが腕を振る。
ばふ・
「うぷ!」
ボスッ
またまた『大ネズミの腹』『わたしのヨロケ』『大きすぎる真珠の地面めり込み』の3コンボが決まる。
「ふぅんむむむぅぅ、面妖な術を使うお前が居なければぁ。王都の犬なんぞにこの神聖な神殿の地を踏ませることなど無かったものおぉぉ!」
黄色い蛇の握る大振りの枝には、赤ん坊の握り拳ほどの大きさの、白く光る真珠がたわわに連なる。さっきから地面にめり込んでいるのはその真珠で、どうやらムルキャンが魔力で黄色い蛇を使って投擲している――らしい。どう云うわけか決定的瞬間は大ネズミの腹に塞がれて、今のところ目にすることは出来ていない。
「さぁさぁさぁぁ!この神殿に密かに持っていた神器『玉の枝』を手にした私は百人力だぁぁ!我が女神に仇なす怨敵どもめ、矮小なるお前達に尊き女神の無慈悲なる沙汰を、思い知らせてやるわぁぁぁ!!」
ざわりと、嫌な感覚が肌中を駆け巡る。咄嗟に扇を取り出して、気持ちの悪い
ヒュッと、わたしのすぐ傍で何かを振る音がする。
『ガキン』ボスッ『ガンッ』ボスッ『ガガン』ボスッボスッ『ガンッ』ボスッ
音が連続した後、ようやく大ネズミが頭の上に戻ってくれた。
カチンと、ハディスが腰に下げた鞘へ剣を戻す。
「凄いです!ハディス様!」
顔を高揚させ、キラキラした目でヘリオスがハディスに駆け寄る。そしてついでのように「お姉さまも扇の風?で枝を落とさせたんですよね、凄いです」と微妙な誉め言葉を向けてくる。
多分、さっきのガンガンと聞こえた音はハディスが剣でムルキャンの
この状況から推測するに、わたしの扇は蛇の形をとった魔力を消すことに成功した……のよね!?
「えぇ?うそでしょ!決定的瞬間、全部見れてないじゃない!?」
わたしも見たかった!ハディスの剣捌きとか。ムルキャンの蛇を消したところはどうでもいいけど、ハディスの方は見たかったわよ!!けど、そのためには多分、この頭の上の子がまたやらかしそうな気がする。助けてくれてはいるような気はするんだけどぉぉ。
「
警邏隊長の凛と通る声が響く。
あ、そうだった!
「ふんぬぬぬぅぅぅ、誰がお前たちなどにぃぃぃ」
ムルキャンが両手を大きく広げ、神殿の奥に向かって念じる素振りをみせると、大きな黄色い光の塊がこちらに向かってふわりと飛び上がるのが見える。沸き上がる嫌悪感に、思わず扇を構えた。
「駄目だよ。お前に私の魔力は使わせないよ」
臨戦態勢で緊張感を漲らせるわたしの気を削ぐ、気怠い声が響く。背後から聞こえてきたその声は、黄髪長身の男のものだ。つまりムルキャンが使おうとした魔力を「私の魔力」って言うこの男が、黄色い魔力の持ち主であり、大神殿主ってことね。と、頭では理解する。でも、心底面倒臭そうな態度を崩さないこの男が、そんな凄い人間だって認めたくない自分がいる。
そんなわたしの気持ちを更に煽ろうとでも言うのか、声を発した当人は
「ふぬぬぬぬうぅぅ」
ムルキャンが、歯を食い縛りながら
どうやら、黄色い魔力の塊を、「引き寄せたい」ムルキャンと、「押し戻したい」片眼鏡の静かな戦いが繰り広げられていたみたい。勝者は、押し戻した片眼鏡の方だ。
気持ち悪さが薄れてこれで大丈夫、と思ったところでまたザワリとした悪寒がやって来た。
理由を探してあちこちへ視線を向けていると、カシャンと何か軽いものを投げ捨てる音がムルキャンの方から聞こえる。
「わぁーお、水も滴る……」
「その先は、同意しかねますからね」
愉しそうに茶化すハディスに胡乱な目を向けてしまうけど、それは許してほしい。だって、わたしたちが目にしているのは、いつかのメルセンツが飲もうとしていたのと同じ「小さな容器」の中身を被って黄色く光る液体を滴らせるムルキャンだったんだから。彼の足元には、投げ捨てられた容器が転がっている。て言うか、飲まなくても浴びるだけで良かったのね。
液体が放つ黄色い光は瞬時にムルキャンに吸い込まれ、再び黄色い蛇が出現してうねうねと動き出す。蛇は地面に転がる真珠の付いた枝を拾い上げ、右に左にと大きく振り回して、周囲を取り囲んでいる警邏隊を威嚇する。
蛇はさらに枝分かれして、怯えた表情の警邏隊員に伸びて行き、次々に巻き付き始めた。襲われた隊員は、締め上げられた様子もないのに蒼白になって手にした捕縛用の
「ほっほっほっほ、ほぉぉ――ぅ、女神の加護を
徐々に蛇に巻き付かれ、戦意喪失とばかりに無力化される警邏隊員が増えてゆく。それに伴ってムルキャンの機嫌は鰻登りでさっきから耳障りな高笑いが止まらない。わたしも加勢できないか様子を伺うけれど、こちらを警戒してか、真珠の枝はこちらに向けたままで、警邏隊員を蹂躙してゆく。
これは、見ていられない。
いや、見たいんだ、わたしは!
「ハディス様!」
「なに?」
「わたしっ、また扇で仰ぐので、真珠が来たらまたさっきのやってもらえますか!?」
アンコールプリーズ!と、扇を握ったまま両手を胸の前で組んで勢い込んで告げると、ハディスが目を丸くする。ヘリオスは「ちょっとお姉さま!」と止めるような言葉を使いつつ、期待に満ちた目をチラチラハディスに向けている。
「馬鹿か、お前は。ラシン伯爵家の家宝をこれ以上使わせるな」
ひんやりとした、聞いたことのない声が背後から響いた。
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