第42話 お伽噺のお姫様に何のご利益を期待して祈るんだろう?

「取り敢えず、破廉恥はれんち娘とは何のことでしょう?」

「面倒だな」

「お姉さまっ、気持ちは分かりますが落ち着いてください?!」


 現在進行形で睨んでくる片眼鏡も居るし、敵意を見せられて落ち着けるわけないんだけど、可愛いヘリオスの頼みだ、頑張ってみるわ。

 令嬢の武器「扇」をばさりと開き、引き攣りそうな口元を隠して目だけで笑みの形をつくる。


「どなたかは存じませんが、わたくしたち、あの男に危害を加えられて、王都警邏隊の助けを得て捕縛していただくためにここへ参りましたの。急いでおりますので、失礼します」


 扇を下ろして回れ右!どうだ、これで問答回避で問題なし。

「不遜極まりないでしょ」と、ヘリオスの焦った声が聞こえたけど、本拠地に逃げ込んだムルキャンを前に、面倒事には関わりたくないもの。正面では、警邏隊がムルキャンを追い詰めており、ハディスは後方に控えて大ネズミと戯れている。いや、戯れというよりは、足元にちょこまか絡んでこられて困ってるかな?

 ならば、と大ネズミを抱き上げようと手を伸ばしてみたらスルリと空を切ってしまった。

 実体はないのかー残念。けれど大ネズミあちらは、わたしこちらに触れられる様で、伸ばした腕を踏み台に、わたしの頭の上へ上がってきてしまった。重さはないから良いけど。


「ハディス様、黄色いウミウシが急に消えたのは、何があったんですか?」

「あー、セレネ嬢、今はあまり『色』?に関しては言わない方が良いかなぁー」


 頭の上に鎮座してしまった大ネズミを見て、笑いをこらえるように口元を歪めたハディスだったけれど、視線を長身&片眼鏡にチラチラ向けながらぼそぼそと言う。


「えぇっ、だってあちこちに見境なく派手な色を撒き散らして、ゾンビを生み出したり、ウミウシになったりアメーバになったりしているんですよ?あの黄色のあるところ、ろくなことが起こってないじゃないですか。そう思いません?」

「いやー?同意を求めないで?君も何か思い違いをしてるんじゃないかなぁー」

「けど・」

「いやほんと君の勘違いだよ。そんなこと思ってもいないでしょー?」


 何故か勘違い説を押し付けてくるハディスは、チラチラと視線を黄髪長身&片眼鏡モノクルへと送っている。んん?何を伝えようとしているんだろうと首を傾げるわたしの側にヘリオスがしかめつらしい表情で進み出る。


「お姉さまは、生まれてこの方、神殿へ行かれたことはただの一度もありません。お姉さまは筋金入りの現実主義です」


 ヘリオスの重々しい口調に「あちゃー」と呟くハディスの呆れた顔。

 いやだって仕方ないじゃない、この世界の神様は『かぐや姫』なんだもん。お伽噺のお姫様に何のご利益を期待して祈るんだろうって思ったら自ずと足は向かないでしょ。


「お姉さまのために、一般知識として説明しておきますね。白いローブは大禰宜だいねぎ禰宜ねぎ、その他にもまだ2人その色のローブを纏う者が居るということはご存じでしょうか?」

「知ってるわよ。白いローブは最下位の神官と巫女以外の神殿関係者の制服でしょ?だったら残るのは最高位の大神殿主だいしんでんぬしとその次に高位の神殿司しんでんしだけじゃない」

「はいそうです」


 深く息をついたヘリオスは、それ以上何も話そうとしない。

 どう云う事だろう、と更に首を傾げたところで、再び黄髪長身&片眼鏡が目に入る。勿論、彼らが着ている白いローブの色も――。神殿関係者で白いローブを纏える人の位は、下から禰宜、大禰宜、神殿司、大神殿主な訳で、この2人は禰宜でも大禰宜でもない。残す位は神殿司と大神殿主……になるかしら?

 信心深くはないわたしだけど、権力者に喧嘩を売る趣味はない。商売のためにも、断じて進んでそんなことはしない。けどこの短時間のやり取りはどうだったかと思い起こすと、かなりまずい……かも。全身から血の気が引きそうになったその時。


 ばふ・

「うぷ!」


 目の前に重みのない緋色の毛束が飛び込んで来て、思わず数歩後方へたたらを踏む。頭の上の大ネズミが急に顔面目掛けてぶら下がったらしい、けどなんで急にこんな暴挙を、と触れない大ネズミをはがそうと手を伸ばした瞬間。


 ボスッ


 柔らかなものに、重量感のある物が落ちる音がして、大ネズミのお腹はようやく目の前から去った。頭上に戻っただけだけれど。ようやく自由になった視界を音のした方へ向けると、白い光沢を放つ大きすぎる真珠が、青々とした芝にめり込んでいた。


「ほっほぉー。生意気な小娘が、私の放つ『神の一撃』をかわすとは、益々憎らしい奴よぉぉお!」


 声の主は、見なくても分かる。さっきの真珠攻撃は、よほど嫌われたのか、わざわざわたしを狙ったものだったらしい。


「なによ!一番か弱いわたしを狙うなんて、卑怯よっ」


 耳障りな高笑いを続けるムルキャンに、キッと顔を向けると、さっき消滅した黄色い超巨大ウミウシは確かにもう存在していなかった。その代わりなのか随分細長ーくなった黄色い蛇の様なものが、ニョロニョロとムルキャンにまとわりついている。けれどその物体には頭が無いし、陽炎のように濃くなったり薄くなったりを不規則に繰り返している。超巨大ウミウシとは、別バージョンの黄色い魔力の塊だ。

 頭も尻尾もない、ただの黄色い細長いモノの先端は大振りの枝の様な物を掴み、こちらを威嚇するように、ゆっくりと上下に揺れていた。

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