閑話 学園再開、いざ登校!

本編にはあまり関係してこないおまけです。

世界観の追加説明のために書きました、お時間のあるときにどうぞ。


――――――――――――――――


 王立貴族学園は、ここフージュ王国王城の一角に併設されている。卒業祝賀夜会ではその学園に不審者が侵入し、難なく逃げ仰せたとあって、念入りな警備体制の見直しと、建物の防犯対策が徹底された。


 ハディスと共に、オルフェンズがしばらく姿を見せなかったのは、何か関わりがあるのか、無いのか。

 わたしと同じく休講で家に留まるヘリオスに聞いてみたけど、なんだか濁された。父と母は、そもそも忙しくて捕まらない。会えても、親子の語らいとしてはとても親密なのだけれど、2人のことを聞くと、途端に言葉を濁される。なんだかわたしだけ仲間はずれ?


「ハディス様は、オルフェと一緒に、ここ何日かどちらにいらしたんですの?」

「不審者対策で王城だよー。ごめんね、護衛お休みしちゃって」


 ごとごとと揺れる馬車の中で正面に座ったハディスに、にっこり笑顔で頭を撫でられた。いや、なにこの扱い?そうか、王城に仕事があることは認めるんだ。まぁ、夜会のときに衛兵に混じってるの見てるからね。


「いえ、別に護衛は必要ないんですけど。それで?王城にお持ちのお仕事を放ってまで、こちらにいらしていただかなくて構わないんですが。特に危ないときは、商会の護衛を借り受けますので」

「えぇー、僕の腕はその辺の護衛さんたちには負けないと思うんだけどぉー?それに君の危険の基準が無自覚に緩すぎて、自発的な雇用を主張されても信用出来なーい」

「そんな危険に突っ込むことなんて無いですし。それに今からわたしが行くところは、ハディス様たちが、ついこの前まで不審者対策をしていた、まさにその場所なんですけど?」


 言葉に合わせたかの様に馬車がゆっくりと止まると、そこは学園の正門からほど近い場所だった。高位貴族になれば門の中へ馬車のまま進み入るけれど、男爵や騎士爵ではまだまだ爵位が足りない。

 先に降りたハディスから差し出された手にそっと荷物を預けると、続いて馬車から軽やかに飛び降りる。「いや、そうじゃなくてー」とかなんとか聞こえたけれど気にしない。

 学園の生徒用玄関に向かって進んで行くと、側を何台もの馬車が追い抜いて行く。そして、玄関前のロータリーでは恒例の馬車渋滞が繰り広げられる。わたしは、ハディスと並んでその横を悠々と歩みながら、並んだ家紋を見てひっそりと息をついた。


「ごきげんよう、バンブリア男爵令嬢。卒業祝賀夜会は如何でして?」

「ごきげんよう、ストゥレス子爵令嬢。つつがなく務めさせていただきましたわ」

「まぁ、まぁ!ラシン伯爵令嬢はなんて寛大でしたのかしら、ねぇ皆様っ」

、ミュノー男爵令嬢。ラシン伯爵令嬢はとてもお方ですから、滅多なことは仰るものではありませんわ」


 1時限目の始まる前、いつも講義室最後尾を陣取るご令嬢集団を避ける意味で、逆の最前列の扉横を陣取るわたしの側にわざわざ現れたのは、この教室で最高位の爵位を持つニスィアン伯爵令嬢の取り巻きたちだ。基本的にこの教室の大半の令嬢は、バネッタ・ニスィアンの太鼓持ちに徹しており、そうでないわたしは何かと面倒くさい。今も、低位貴族である男爵と子爵令嬢がわたしに難癖をつけて、その様子を高位貴族令嬢が高みの見物だ。目の前のこの二人は鉄砲玉扱いされてるの、分かってるのかな?

 ハディスは、講義室内で講義が行われる時は、わたしの定位置である席横の扉の廊下側に控えていてくれる。なので、ご令嬢たちは私に付く護衛の存在には気付いていないようで、通常運行だ。そもそも学園内に個人の護衛が付くこと自体が異例なのだから仕方ないといえばそうなのだけれど。


「セレネ!おはよっ。久しぶりの学園、早速めんどくさいねー!」


 空気を全く読まない明るい声が響く。見れば、うら若い乙女でありながら自身が自らの武功で騎士爵を得たスバル・エクリプスが、一括りにした長いはしばみ色の髪をなびかせながら、バネッタの側を通り抜けて、にこやかにこちらへ近付いて来た。


「なぁに~また外戚なんちゃって貴族の五女八女の穀潰しに絡まれてたの?」


 うってかわって耳元でぼそぼそ告げる声は、けれどしっかり側にいた2人には聞こえている。そう、この学園には、嫡子でない貴族、庶子や親戚末端で一時的に養子となっているものがとにかく多い!

 製造や生産、冒険者以外の、デスクワーク職に就こうとしたときや、貴族と婚姻を結ぶときに必須となるのがこの王立貴族学園の卒業経歴なのだ。

 けれど、学園を卒業したとしても卒業後一年を待たずして平民に戻るものが大半を占める。生粋の貴族以外が貴族位を継続出来るデスクワーク職とはつまり、王城や地方領主直属の職であり、就けるものはごく少数の才気に溢れた者であるため、一割にも満たない。また、美貌に恵まれていれば在学中に生粋の貴族に見染められて婚姻する事も出来、貴族位を継続することができる。

 その他は平民に戻ることとなるのだか、お陰でこの国の識字率をはじめとした教育水準が上がっている面もあり、一概に悪習あくしゅうとは言い切れないものがある。よって、この養子乱発制度は国王によって黙認されている。国王は、国民の水準を上げて国力を増すために、貴族たちは自分の息のかかった優秀な配下を増やして、自分の地位を盤石ばんじゃくとするために、この方策は連綿と受け継がれている。

 我が家はそんな慣例からは全く別の方策、『財産』で成り上がった為、家名を貸し与えた貴族うしろだてがおらず、事ある毎に上位貴族の息のかかったにわか貴族たちの格好の的となってしまうのだ。にわかが、自身がおもねる上位貴族に、自分が役立つことを示すまととされてしまうようだ。なので、こんな鉄砲玉が乱発されて来る。いい迷惑だし、哀れでならない。もっと他に、自分を高めるためにやるべきことがあるんじゃないかな。


「外聞の悪いことを仰らないでくださいませっ!私たちはれっきとした貴族ですのよ」


 青い顔をしてストゥレス子爵令嬢とミュノー男爵令嬢は、さっさと立ち去る。食って掛かる真似をしないのは、一重にこの口の悪いスバル・エクリプスが、単なる貴族の『娘』である彼女らとは違う、自らが爵位を持つ正統な貴族だからだ。


「スバル様、ご無事で何よりです!2ケ月ぶりでしょうか?こちらにいらしたと云うことは、エウレア地方の魔物達は無事掃討出来ましたのね!」

「うん、心配してくれてありがと。ちょっと手こずったけど、討伐兵団の皆が頑張ってくれたから、死者や重傷者は出なかったよ」


 彼女自身は実は辺境伯の4女であり、魔物退治で領民を守っていた家族の薫陶くんとうを受け、幼い頃から剣の腕と戦術の才能を発揮して現在に至る。


「そんなことより、セレネが面白いことを企てているって噂になっているんだけど、教えてくれない?」

「ふふっ。噂になっていますか?それは重畳ちょうじょうですわ!実は『ドッジボール』という競技を、見込みのあるご令息何人かにお声掛けして部活動として立ち上げようとしているのです」

「令息だけ?噂をしているのはご令嬢方も多いけど、そっちは何も噛ませないの?」

「そんな勿体ないこと、わたしがすると思っていらして?ふふふ、勿論ご令嬢方にも存分ぞんぶんに踊っていただきますわよ」

「セレネ、魔王みたいになってるよ。けどセレネらしくて良いね!楽しみになってきたよ」


 魔王がわたしらしいとはこれ如何いかに。むむっと唇を尖らせていると、4人のおとなし気な令嬢たちが、そっとわたしたちの側へやって来た。ああ、この4人は覚えがある。


「セレネ様、休暇中は不躾にもお手紙を差し上げてしまい、申し訳ありませんでした。読んでいただけましたでしょうか?」

「私たち、フォーレン侯爵夫人のお茶会での話を伺ってから『ドッジボール』というものが気になって堪らなくって、はしたないと思われるかもと思いながらも、この気持ちを伝えずにはいられませんでしたの……」

「お茶会に参加しておられた方々が、うっとりしたように話されるのをどれだけ羨ましく思ったか知れませんわ」

「剣を握った姿は怖くてなりませんけれど、戦ではない場での男性方の雄姿ならば是非拝見させていただきたくって!」


 はにかみながら伝えてくれるのは、バンブリア邸に最初に届いた4通に書き記されていたのと同じ、熱烈な思い。スバルがぽかんとした表情で令嬢たちを見遣り、わたしに問う視線を向ける。


「なんで?みんな、やってみたいんじゃなくて、見たいの?」

「スバル様、世の中には自身で楽しむだけではなく、憧れの人であったり、好ましいと思える人、物を羨望と共感の眼差しで見守る『萌え』と云うものも存在するんですよ」


 わたしの言葉に、4人が頬を染めてうんうんと頷く。スバルは「へぇ~」と間の抜けた声を出しているところを見ると、心底意外な趣向だったのだろう。まぁ、彼女はどちらかというと競技する側だろうし様にもなるだろうけど、いかんせん女子チームを作るには、この学園では動ける女性は少ない。


「さすがセレネだなぁ!こちらの思い付かないことを色々やってのけるんだから。自分ももっと頑張らないといけないって思うよ」

「わたしだって、スバル様のように、すでに一線で活躍している同年齢の方を前に、一層気持ちが引き締まる思いです!この『ドッジボール』企画をものにするとの想いが一層強まりました」


 ふたりでにっこりと笑い合うと、側の4人の令嬢が、ほう・と溜息をつく。


「羨ましいですわ、私たちにはそんな大きなことは出来ませんから、おふたりがとても眩しいです」

「そんなことはないわ!皆様はわたしにとっても大きな力をくださったもの。こうして声を聴かせてくださり、わたしの側で気持ちに寄り添っていただけるだけで、何より心強くあることが出来るんです!ほんとうに嬉しくて……みなさまが大好きです」


 商機は、機運を伝えてくれる相手がいるからこそ得ることが出来るものも多い。本当に得難いものなのだからと大切に思う気持ちを伝えたつもりが、目の前の5人がポカンとした表情を見せる。

 え?何か失言した?と心細くなったのも束の間、スバルが溜らず笑い出し、4人の令嬢の頬が鮮やかに染め上げられ、何故か扉の向こうから微かに噴出したのが聞こえた。


「まったく、セレネには叶わないなぁ。天然の攻撃力だもの」


 呆れたようなスバルの呟きに、4人がこくこくと頷いている。

 その背後で何人かの令息がメモを取っている――なんでだ?


 そうして、手紙の数以上の沢山の声援を受けたわたしは、ドッジボール部創設と、活動のための根回しを始めたのだった。

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