閑話 ホワイトデーの出来事

ホワイトデーにぎりぎり間に合ったでしょうか?

今回、色男2名はお休みです。

バンブリア邸のホワイトデーをお楽しみください。


―――――――――――――――――――――――――



 我が家のホワイトデーには、不思議な出来事が2つ起こる。



 1つめ、侍女頭のメリー曰く。


「その日には、お嬢様のお部屋に森の動物からの贈り物が届くのです。可愛らしい心遣いなのですが、年頃のお嬢様にはすこし‥‥その刺激が強いと言いますか。」



 そしてホワイトデーの今日、緊張の面持ちでセレネの私室の扉を開けた侍女ディスキンは、部屋中央のティーテーブルの上にその『動物からの贈り物』を見付けて「ひっ」と声を上げ掛け、しかしぐっと飲み込む。

 いけない、お嬢様に余計な心配を掛けてしまうもの。


 少し遅れて、ディスキン同様に少しこわばった表情で現れたメリーは、彼女の表情を見てふぅ、と溜息をつく。


「今年もあったのね。」

「はい‥‥。」


 メリーは涙目のディスキンを労わる様に、そっと背中をさすって『動物からの贈り物』を仕舞う為に持参した小さな箱を取り出す。


「お嬢様の目に入らないうちに、片付けてしまいましょう。ね、ディスキン。」

「はい。ぐすっ。頑張ります!大好きなお嬢様のためですもん。」


 二人はティーテーブルの上の『動物からの贈り物もの』を、あまり見ない様にしつつ、しかし慎重に箱の中に納め、しっかりと蓋を閉める。


「じゃあ、私はこれをいつもの様に森の管理人にお願いして、埋めてもらうわね。」

「いつも申し訳ありません。メリーさん。」

「いいのよ、この『動物からの贈り物』は若い子には刺激が少し強すぎるもの‥‥気にしないで。」

「はい、ありがとうございます。じゃあ私は、お嬢様が学園から戻られるより前にお部屋を念入りに綺麗にしておきますね!動物たちが他に何か残していたら大変ですから。」

「そうね、お願いするわね。」


 小箱を、持って来ていた手巾しゅきんで更に幾重にも包んだメリーは、部屋を出ようと歩を進め、ふと振り返る。


「けどね、私は動物からの贈り物が嬉しくもあるの。だって、動物たちがこんな王都の街中の屋敷にまでわざわざ持って来てくれるのよ。セレネお嬢様が動物たちに、そこまで慕われているなんて、なんて不思議で素晴らしいことかしら。」


 メリーは晴れやかな笑みを浮かべている。

 贈り物怖さに、それまでまだ少しこわばった表情をしていたディスキンは、その笑顔につられるように明るい表情へと変わってゆく。


「確かにそうですね!さすがメリーさんです。だとしたら、私ももうその贈り物は怖くありません。」


 その返答を聞いて、笑顔のままそっと頷いたメリーは、今度こそセレネの部屋を後にしたのだった。

 セレネ不在の部屋は、今からディスキンがいつも以上に念入りに磨き上げる事だろう。




 2つめ、ヘリオス曰く。


「その日は、お姉さまのお部屋に届け物をしても、『動物の悪戯いたずら』があるとかで、どこかに消えてしまうんです。本当に‥‥困ったものです。」



 ホワイトデーの今日、お姉さまのために準備していたクッキーはやはり学園から帰ると無くなっていた。


「残念です。学園から帰ったら、お姉さまと一緒にティータイムをしようと楽しみにしていたのに。」

 しょんぼりと項垂れていると、お姉さまがあたふたと慌て出す。

「ヘリオス!わたしはその気持ちだけで十分よ?あなたからはバレンタインの時にもう天使の笑顔のお返しを貰っているんですもの。そんな悲しそうな顔しないで?」

「だって‥‥折角僕が頑張ってつくっても、いつも『動物の悪戯』のせいで届かないなんて悲しすぎます。」


 そうなのだ、いつも無くなるのは僕と父がお姉さまへの感謝の気持ちをたっぷりと込めた、手作りお返しクッキーなんだ。それだけに、悔しさが増してしまうんだ。


 俯いていると、お姉さまが「ぽむ」と手を打ち鳴らす。


「ならヘリオス、わたしと一緒にもう一度クッキーを作りましょ!一緒に作って、一緒に食べたら、きっとすごく美味しいわっ。」


 良いことを思いついたと言わんばかりのお姉さまは、満面の笑顔を僕に向けて来る。けれど僕はお姉さまが商会のお仕事にも熱心に取り組んでおられ、自由になる時間がとても少ないことも知っている。


「良いんですか?お姉さまは企画書の準備があるのではないんですか?」

「それを言うならヘリオスだって、忙しい研究の合間を縫ってクッキーを作ってくれていたんでしょ?それにね、企画書は一人でただ書くだけだけど、ホワイトデーのためのヘリオスとのクッキー作りとお茶は今しかできないのよ?どちらを優先させるなんて決まり切っているでしょ。」


 本当は、僕もそう言って欲しかったけど、無理をしてお姉さまのお仕事の心配を口にしてしまったんだ。けどやっぱり僕のことを思って、屈託のない眩しい笑みを向けてくれるお姉さまが僕は大好きだ。ぼくは長男だからそんな子供っぽいことは、実際に口には出さないけどね。




 僕とお姉さまは揃って厨房に立つ。ここ数年、ホワイトデーの恒例となってしまっているところが悔しいけれど、これはこれで楽しいから、諦めてお菓子作りに取り組む。


「なぁんだ。材料も僅かだって言ってたけど、しっかり残っているじゃない。これなら皆の分のクッキーがちゃんと作れそうね!」


 お姉さまが小麦粉や卵の残りを見て目を輝かせる。


「けどこれだけじゃあ、思い通りの形はなかなか作れませんし、なによりお茶の時間と言える時間に仕上げられるかどうか‥‥。」


 昨日よりも随分減ってしまった材料を見て項垂れる僕の顔を、お姉さまは心底不思議そうにこてりと首を傾げてのぞき込む。


「ヘリオス?何を作ろうとしているの?クッキーよね?」

「はい。お姉さまへの感謝を込めた、僕と父の技術の粋を結集したクッキーです。」


 ぽつりと呟いた僕に、お姉さまが苦笑して僕の手を取る。


「それは―――楽しみだけれど、今日はお茶の時間に間に合うクッキーを一緒に作りましょ。」

「‥‥はい。そうですね。」


 お姉さまの手の柔らかさと、笑顔の温かさに、僕は自然に笑顔になった。




「あら、いい香りね。今年もセレネお嬢様と、ヘリオスお坊ちゃまは仲良くクッキー作りをしていらっしゃるのね。バンブリア邸の風物詩ねぇ。」


 厨房裏の勝手口から、森へのお使いから帰ったメリーがそっと顔を出す。


「お帰りなさいませ。メリーさん!お使い、有難うございました。」

「気にしないで、ディスキンはその分お部屋を綺麗にしてくれていたんですもの。」


 ふふっ、と笑うメリーにつられてディスキンも笑顔になるが、ふと表情を曇らせると、かまどから焼き上がったクッキーを仲良く取り出す姉弟きょうだいへそっと視線を向ける。


「有難うございます。けど、今回も残念ながらヘリオスお坊ちゃまからのクッキーを見付けることは出来ませんでした。」


 いつも以上に念入りに、何か動物の手掛かりが残ってはいないか?ヘリオスのクッキーの欠片でもいいから残ってはいないかと丁寧に探し、隅々まで掃除したにも関わらず、見付かった物は何もなかった。


「仕方ないわねぇ。ヘリオスお坊ちゃまからの贈り物をきれいに持ち去ってまで『動物からの贈り物』を置いていくなんて、余程嫉妬深い動物なのね。」

「ほんとですね。お嬢様は色んな人や生き物にまで愛されるなんて、バンブリア男爵様は大変ですね。」

「まぁ、ディスキンったら。すっかり元気になったわね。よかった。」


 侍女たちの笑い声が厨房に明るく響く。




 バンブリア男爵の執務室にて。


「お父様、今年のホワイトデーも『動物の悪戯』のせいで、お姉さまに僕たちの手作りクッキーは届かなかったみたいです。」

「なんと。今年もかぁ‥‥。届けるタイミングも毎年変えているんだが。傑作だけに残念なんだが、けど余程その動物たちは私達の作るクッキーが気に入っているのかもしれないよ?」


 テラスは悪戯っぽくウインクして見せる。


「それだけのものを、私とヘリオスが作った証拠だよ。光栄に思わなくちゃ。」


 手元に置かれた、ウサギの型に抜かれたクッキーを摘まむ。


「それに、毎年食べられる君とセレネの手作りクッキーもとてもおいしいから、私はこれで充分だよ。」

「有難うございます。お父様。」


 ヘリオスも、クッキーを一つ摘まむと顔の前にかざしてしげしげと眺める。クッキーはただの丸に長細い耳の外形が付いただけの実に単純な形だ。


「お姉さまも、充分だとおっしゃってくださいましたし、確かに美味しくもあるのですが‥‥。」


 もぐりと、クッキーを頬張る。

 甘い香りと、ほろほろと口の中で解ける感触、そして砂糖と小麦の優しい味わい。

 充分だとも思う。姉との手作りの味も格別だ。


「けど、一度くらいお姉さまに見ていただきたいと思うのは贅沢でしょうか。僕とお父様との傑作を。」


 ぽつりと呟くと、テラスも苦笑いをしてみせた。

 研究者肌の二人が、ホワイトデー前日の深夜にかけて毎年作り上げる力作、それはこんな単純なウサギ型のクッキーなどではない。もっと立体的で、写実的な、身体の構造の細部までもを忠実に作り上げ組み立てた『ウサギ』そのもののクッキー。

 焼き上げれば、更に丸焼き感が出て、本当に自信の逸品なのだけれど。


 二人の微かな溜息が重なる。




 まだ何年かは、不思議な出来事は続きそうだ。

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