第26話 商会の娘としては取りこぼすわけにはいかないわ!

「むしろ気付かれないと思う方がおかしいのではないでしょうか?」


 わたしは今、バンブリア邸の玄関ホールで頭に葉っぱを付けたままの砂埃にまみれた姿で、仁王立ちで玄関前に待ち構えていた弟につかまり、お説教を受けている。天使で可愛いヘリオスはどこ行った……。


 そのわたしの背後には、従者よろしく大量のトレント素材を抱えた赤と白銀の2人が静かに佇んでいる。こんな時ばっかり後ろに控えるのってずるくない?護衛ならわたしを護りに、前へ出てくれても良いんじゃない?

 くぅっ矢面に立たされるのならば、不貞腐れた弟を懐柔するまで!


「だってぇ、狩りに行くって言ったらお母さまが心配しちゃうでしょ?ごめんね、いつも一緒なのに今日は誘ってあげられなくて」

「僕が言っているのはそう云う事ではなく、誰にも何も言わずに、わざわざ人目を忍んで日もまだ昇らないうちに家を抜け出したことです!せめて僕には知らせてください。いつもの事ですから止めはしませんが、僕が同行するなり、もう少し人数を集めるなり安全対策を執ることが出来ますから。何かあったらどうするんですか!」


 神妙な面持ちを作って肩をすくめ、きょろりと周囲を見回す。

 父と母は館内に居ないのか、玄関でこれだけヘリオスが声を張り上げているのに姿を見せない。いつもなら居れば必ずヘリオスの元に現れて、決まって弟のがわに立って援護射撃を繰り出すというのに。首を捻ると、心の声が駄々洩れていたらしい。ヘリオスがため息をつく。


「ハディス様がすぐに気付いて追ってくださいましたので、お父様、お母様は慌てずに、大事にならずに済んでおります。付いて行ってくださったお2人に感謝することですね!」


 この2人のおかげで大型トレントが現れて大変だったんだよー、と云う訴えは口にしない方が良いんだろう。むぐ・と口をつぐんで、狩りの成果をヘリオスに渡すと、とたんにしかつらがぱぁぁっと輝く笑顔に切り替わる。こんな風にいつも笑ってくれていたらいいのに。と、小さく息をつくと、何故かヘリオスは意地の悪そうな笑みに表情を変える。あれれ?


「最後に大切なことをお伝えしますが、お姉さまは学園再開までの残りの期間は、自室内で謹慎する事とお父様、お母様より厳命が沙汰されておりますから。この素材はありがたく僕が加工させていただきます」


 えぇぇ―――。と思わず心の声が駄々洩れたけれど、ヘリオスが「何か?」と笑顔の圧をかけて来たので渋々素材を引き渡して引き下がった。可愛い弟はあんなスキル持っていなかったはずなのに、いつの間にか大人びて、お姉さまはショックだよ。


 しょぼぼんと項垂うなだれて自室に戻るころには、いつの間にかオルフェンズは姿を消していた。自由人め。ハディスは、これから弟とともに、先に調査を始めた父と合流して『黄色い魔力』関連商品の調査をする様だ。大量の新鮮な素材を受け取って意気込む弟は、わたしと同じく砂埃まみれのハディスが身支度を整える間に「せめて素材の下準備だけでも」と大急ぎで館内を駆けまわり始めた。さすが未来の商会長!仕事熱心だね!ひゅーひゅー!



 自室に戻ると、書き物机のレタートレーの上には、学園からの案内の他にまだ4通、見慣れない筆跡の封筒が置かれていた。全て封が切られており、執事が既に中身を改めた後だと分かるので、おかしな内容のものは無いのだろう。

 学園の紋章が記された封筒には、講義再開の案内や、新たな防犯対策を施した旨が記されており予想通りの内容だった。

 けれどその他4通の封筒に記された筆跡には覚えがない。いや、正確には差出人として記されている名前は知っている。学園同級生にあたる貴族令嬢達の名だ。講義期間中は、学園内で同教室に座することはあっても話した事も無いような間柄で、わざわざ手紙を書いて寄越すような友好を育んだ覚えはない。かと言ってすれ違いざまにインクやソースを振り掛けてきたり、頭上から泥や水を落とす嫌がらせをして来る令嬢達にも属していない、云わば無関係な同級生なのだけれど。

 一番上になっていた1通の便箋を無造作に取り出して目を走らせる。


「んん?」


 もう1通も取り出してざっと文章を追う。


「もしかして」


 残りの2通も立て続けに開くと、そこには想像した通りの内容が記されていた。

 とその時、扉がノックされて返事をすると、メイド頭のメリーが開封済みの6通の封筒を手に入室して来た。しかし、宛名を見てあれれ?と首をひねるわたしにメリーはにっこりとほほ笑んで、先に広げていた便箋のそばにその封筒を重ねる。


「こちらは、ヘリオス様宛のものですが、内容はセレネお嬢様へのものなので、こちらへお持ちするようにと、ヘリオス様より仰せつかって参りました」

「あぁ、なるほどね。ご令息たちはヘリオスの方へ手紙を送ったのね」


 納得して差出人を見てみると、3通は覚えのある名前だった。

 フォーレン侯爵夫人主催のお茶会で決闘を仕掛けてきたあの3馬鹿令息だ。もう個人的に関わることも無いだろうと思っていたのに、思わぬ需要が湧いて出て来たみたいだ。


「メリー、新たな商機が巡って来たみたいよ!学園再開までに商品と運営の企画をしっかり組み立てなくちゃ!忙しくなりそうだわ」


 うきうきとペンとメモを手に、構想を練り始める。

『占いと薄黄色い魔力を使う祈祷師』追跡は、もちろん忘れたわけじゃないけど、その過程での副産物に商機があるなら、商会の娘としては取りこぼすわけにはいかないわ!

 送られてきた手紙はすべてフォーレン侯爵夫人主催のお茶会で、参加者たちが初めて目にした競技『ドッジボール』についての問い合わせや、次回開催を望む声だった。

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