第18話 潜入ラシン伯爵邸!いや、やばいんじゃない!?

「お姉さま、さすがに無理があるのではありませんか?」

「問題ないわ!」


 バンブリア邸の一室。


 今日のわたしのコーデは、弟ヘリオスと双子かわいい商会使用人がコンセプトだ。

 膝までのキュロットは弟の猛反発にあって諦めたが、足首までの細身シルエットのパンツに、ショート丈のベスト、ふわりと広がる袖は、袖口だけがキュッと絞られている。


「これならアイリーシャ先輩も気付かないんじゃないかしら」


 あの後、ハディスから馬車に乗って間もなく意識を取り戻したメルセンツの様子を聞いた。


 わたしに語りかける姿は、恋愛劇の主人公さながらの様子だった彼だけれど、いたって普通にハディスへ運んでくれた礼を伝えた後「バンブリア男爵へ、お気遣いありがとうございますと伝えてほしい」と丁寧に話していたらしい。普通に良い人なんだけど、どうして一旦振り切れると婚約破棄だの、脳内恋愛変換のひどい状態になるんだろう?


 そしてもうひとつ、フォーレン侯爵夫人のお茶会で入手できた情報は、メルセンツとアイリーシャが共に祈祷師の元で占いに興じていたと云うもの。なのでわたしは、黄色い魔力と祈祷師の情報を得るためにも、アイリーシャに接触するべく絶賛画策中だ。


 何度か正攻法で「お会いしてお話をしたい」とお伺いの手紙や使者を出したが、「会って話す事はない」と、取り付く島もない返答が帰ってくるだけだった。しかも、手紙は使用人の代筆だし、使者だって、誰も本人には会えていない。


「そんな訳で、夜会の騒ぎ以来お屋敷に蟄居なのか引きこもり中なのか。とにかくアイリーシャは、表に全く出て来られないようになってるのよ。そんな状態の彼女が居る今のラシン伯爵家は、きっと家全体がギスギスしたり、憂鬱な雰囲気が蔓延していると思うの。そこでわたしたちの出番!」


 ヘリオスの手を取り、繋いだまま、ばんざーいとその手を上げる。


「たまたまお屋敷に納品に来た業者が、こんなかわいい、癒しパワー全開の双子だったら、使用人だって、もしかしたらアイリーシャだって放っておかないと思わない!?」

「さて、どこから突っ込んだものかなー」


 ハディスが片眉を持ち上げ、半笑いで頭を抱えた。貴族の笑顔どこ行った?




「坊主達えらいな!2人そろって、あんちゃんの手伝いか」

「「ありがとうございます!」」

「ぞろぞろと大勢で済みません。見習いの弟たちを連れて、いろんな所を回らせてもらってるんですよー」


 結果から言おう!双子可愛い商会使用人兄弟には、なぜかちょっぴり年の離れた兄が同行することとなった。いくつ離れているかは「ナイショ」なのだと。お揃いの焦げ茶色のミディアムボブゆるふわかつらウィッグを付けたわたし達は、ラシン伯爵邸へ食材とワインを納品する馬車に乗り、まんまと厨房裏の食材搬入口へ入り込むことに成功した。商会の力をもってすれば、納入業者の中から、うちの下請け業者を見付け出して搬入役だけをを変わってもらう事なんて容易いのだ。もちろん、わたしたちは無料奉仕だ。


「おっちゃん、ありがとー!僕たち、大商人になれるように頑張ってるんだ!」


 にっこり愛想良く元気に声を張り上げれば、引き寄せられるようにニコニコした他の使用人も寄って来る。


「まぁ、2人とも偉いわねー。これ、わたしが作ったクッキーだけど、2つ3つ摘まんでいきなさい。ちょっと焦げちゃって、奥様方には出せないもんだから、気にしなくて良いよ」

「おねえさんも、ありがとー!」


 ヘリオスも負けじと明るく応える……くぅっ天使!当然、使用人へのウケは上々だ。

 クッキーを受け取ろうとしたところで、『あんちゃん』ことハディスが、さっと手を伸ばし、クッキーをハンカチに包んでポケットに仕舞う。


「ちゃんとお仕事が終わってからだぞー」

「「はーい」」


 わたしたち良い子だから、うっすーら黄色く光ったクッキーは、搬入をちゃんと済ましてから調べることにしまーす!



 野菜の箱やワインの樽を手際良く運び入れつつ、使用人たちの目から外れたところでそっと屋敷の居住区画に踏み込み、周囲を窺う。

 この屋敷はとても手入れが行き届いている。窓枠にホコリひとつ無く、ガラスにはもちろん指紋一つついていない。廊下の置物や絵画の額縁などの装飾品もピカピカに磨き抜かれているし、目につく庭園も、落ち葉や、散った花の花弁1枚見当たらない。侍女の服にも皺ひとつ無い。

 搬入口傍の、下働きの使用人たちが大勢いる厨房や作業部屋では、ここまで完璧に整えられてはいなかった。


「ものっ凄くきれい好きな御当主さまなのねぇ。あら、あの廊下の先なんて、遠目にもキラキラ光っているんじゃない?」

「どこです?」


首をかしげるヘリオスの側で、ハディスが顔をしかめる。


「あぁ、あれはキラキラって言うかー……」


 廊下の向こうから明かりが漏れているのかと思っていたけれど、その光は黄色く輝いている。あれはきっと、わたしの探している『占いと、薄黄色い魔力を使う祈祷師』に関わるモノね。


「ちょっと見てくる!」

「おい!」


 背中にハディスの鋭い声を受けながら、サッと前方の物陰に駆け込んだ。ついでに、付いて来ないでの意図を込めて、背後に向かって手の平を向け「止まれ」の合図を送っておく。

 そのまま黄色の光が強くなる方へ向かって1人ラシン邸内を進む。物陰に身を隠しながら、光を辿って行くと、やがて2階の豪奢な扉の一室へと繋がった。

 周囲をきょろりと見回して誰もいないのを確認し、そっとドアノブに手を掛けようとした時。


 がちゃり


 内側から扉が開いた。

 けれど幸いにも扉は廊下側に開く様になっていて、さっと扉と壁の隙間に身を潜めることができた。


「窓も全て開けて頂戴!空気を全て入れ替えるのよ」

「畏まりました奥様」


 数人の侍女がシーツや掃除道具を持って慌ただしく出入りする。お陰で見付かる事はないけれど、ここから出る事も出来ない。何人もの侍女が脇目も振らずに駆け回り室内からは窓を開け放つ音、掃き清める音、シーツを取り換える音などが響いてくる。


 じっと息を凝らしているわたしの目の前で、大きな壺を抱えて廊下へ現れた侍女が足元をふら付かせた。


「きゃっ……」

「あ!」

「……え?」


 思わず発した声に、侍女が声の主を探そうと首を巡らせる。扉の影で出来る限り身を縮こまらせるけれど、こんな所じゃあ見付かるのは時間の問題だろう。侍女の血色の悪い顔がこちらを向こうとした時。


「ちょっと!まさかあなたまで倒れないでしょうね?」

「だ……大丈夫よ!私はっ、他のアイリーシャお嬢様付きの侍女とは違うわ!お嬢様のお留守をしっかりお守りするんですもの」


 わたしが隠れた扉の逆方向の廊下から響いた鋭い声に、ふらついた侍女が振り返ったお陰で、見付かる事はなかった。

 扉の影から立ち去る侍女の両腕に壺を抱えた後ろ姿が目に入るが、同時に聞こえてきた呟きにぞわりと背筋が寒くなる。


「奇麗にしなければ……。まだ足りない。まだ……出来る。お嬢様を美しく。お嬢様の周囲を美しく。私にはまだできる……。まだまだ……」


 いや、やばいんじゃない!?


 その瞬間、ぷつりと糸が切れた様に侍女から力が抜け落ち、その手から転げ落ちた壺が廊下に打ち付けられて割れた。


 落ちた壺から溢れた液体が廊下に広がり、そこから湯気が立ち昇るように ぶわり と黄色い光が溢れ出す。溢れ出した光は倒れたままの侍女に纏わり付き、侍女は虚ろな目をしながら倒れた姿勢で更にぶつぶつ言葉にならない声を紡ぐ。


「何事です」

「は、はい奥様っ、お嬢様付きの侍女が倒れましたわ!」

「はぁ……またですか!一体アイリーシャの周りはどうなってしまったと云うの?仕事熱心になったかと思えば、次々に倒れ、戻ってもすぐにまた急変する」


 扉の向こうから響く侍女の声。それと困惑した様な妙齢の女性の声は、おそらくラシン伯爵夫人だろう。


「その子を早く神殿の治癒院へ連れていってちょうだい。いつも通り家紋の入らない馬車で内密にね」

「はい奥様」


 侍女達がバタバタと走り回り、やがて静かになると、室内から衣擦れの音と共に女性の溜め息が聞こえる。


「まったく……あの子の回りから人が倒れて……。祈祷師のところから、流行り病でも持ち込んできたんじゃないでしょうね」


 コツコツと云う靴音が入り口から遠ざかる。と、同時に反対側の廊下――わたしの隠れている側の方向から新たな靴音が響いてくる。このままでは見つかる!


 咄嗟にアイリーシャの部屋と思わしき、今は扉も窓も開け放たれた部屋へ飛び込んだ。

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