第17話 技の直撃を受けたメルセンツは顔を赤らめて硬直している。効果はバツグンだ!

「すとーっぷ!待って待って!!」


 咄嗟とっさに、瓶を口元に寄せていたメルセンツの手をがしりと両手で掴み込んだ。


 このフージュ王国において、近隣国や国内の目ぼしい商品を網羅したバンブリア商会うちで、見たことも、聞いたこともない物。それを口にしようとするのは、どんな害があるか知れないし、見過ごせない。

 ここへきて、ようやく近付いて来た父に目配せを送る。


「ふふ…、娘が済みません。素敵なペンダントが気になる様です。見せていただいても?」


 メルセンツは、父の問いかけに一瞬躊躇したものの、わたしにガシリと握り込まれた小瓶を持つ手に視線を落とし、なぜか赤面して硬直した。


「お借りしますね!」


 好機とばかりに小瓶を奪い取る。

 父に渡すと、おもむろに匂いを嗅ぎ、小瓶を透かし見る。わたしもそれを凝視して、気付いた。


「薬ではないね」


 ほとんど口も動かさず、極々小さく潜められた父の声は、すぐ傍のわたしにしか聞こえない。だから、わたしも同じように返す。


「けど、飲まない方が良いですよね」

「そうだね」


 返ってきた小瓶を受け取り、メルセンツに渡そうとして手が触れあった瞬間……。


「「あ!」」


 わたしの手から 滑り落ちた小瓶は地面に落ち、液体は石畳に吸い込まれた。


「ごめんなさい!メルセンツ先輩にお渡しするのに、緊張してしまって!」

「え」


 素に戻っていた頬の色が、またほのかに色づくメルセンツを見ながら若干後悔を滲ませるわたしの気持ちを察してか、父が苦笑する。けど、こんなもの飲ませられないでしょ。

 ―――得体の知れない魔力を帯びて、薄黄色く光る液体なんて。





「娘が大切なお薬を落としてしまい、申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、この治癒院から取り寄せた治療薬をお受け取りください」


 父が、豪奢な装飾の瓶に詰められた、ほのかに青く光る治療薬をメルセンツに手渡した。


 この国では、治癒の力や、契約書に使われる『護り』の魔力は青い光を帯びる。攻撃や、膂力の向上は朱色の光と云った様に、効果によって魔力の色は異なる。


 けれど、メルセンツが持っていた瓶の液体が纏っていたのはごく薄いものではあったけれど黄色。間違っても治療に使う『護り』の青色ではなかった。

 メルセンツが治療薬を飲み干すのを見届けてから、父がふと気付いたように口を開く。


「先程は本当に娘が失礼を致しました。普段から身に着けておられるほど大切な品、宜しければ同様のものを購入してお返ししたく存じますが、生憎私には購入場所が分からない物の様で……申し訳ありませんが、取り扱い先を教えてはいただけないでしょうか?」

「あぁ、それなら……」

「さぁさ!皆様、元のバラのお庭にお戻りになってくださいな。新しいお茶菓子の用意が出来ましてよ」


 パンパン、と手を叩きよく響く明るい声でホストのフォーレン侯爵夫人が告げると、参加者たちは侯爵家の侍女たちに誘導されてぞろぞろと移動をはじめる。

 ドッジボール対決の最後まで奮闘していた令息には、3人ばかりの令嬢がまとわりつき、何やら話が弾んでいるようだ。先にコートから退場していた2人は悔しそうに、そちらをチラチラ見ている。何の特需だろう。


「バンブリア男爵、折角のご厚意ですが、お気遣いには及びません。また入手出来る物ですから。お気持ちだけ、有り難くいただきます」


 人の波に目を向けながらメルセンツがお父様に告げると、丁度、ヴェンツ伯爵夫人が帰りの馬車の用意が出来たと声を掛けてきた。怪我をしたメルセンツは、一足先に帰宅するようだ。さすが侯爵家、伯爵家の使用人たちは物事を察して動くのが早い。


「メルセンツ先輩。今日は大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。お気を付けてお帰りください。馬車までうちの者をお付けします。どうぞ、そのまま、馬車までお向かいください。大切な瓶も落としてしまって、本当にごめんなさい……」


 しょんぼりうなだれた風に肩を落として、少し目を潤ませつつ上目遣いにメルセンツを見詰める。粗相そそうを誤魔化す必殺技だ!技の直撃を受けたメルセンツは顔を赤らめて硬直している。効果はバツグンだ!

 肩を貸したままのハディスも同じものを見たはずなのに、こちらは不味いものを食べたような表情だ。ひどいなぁ。


「い、いや、本当にこの通り、瓶 も、壊れてない……し」


 顔を赤らめたまま、中身がうっすらとしか残らなかった瓶を、たどたどしく襟元から引き出して掲げて見せてくれると、その僅かな液体にも、やっぱり薄黄色い魔力が纏わりついている。こんな色の魔力、やっぱり見たことない。一体何の力があるんだろう?

 じぃ……と見詰め、こてりと首をかしげると、薄黄色い光はふわりと揺れ、メルセンツの手元に移って吸い込まれるように消える。


「セレネ嬢……」


 何が起こったか分からず、メルセンツの顔の前に掲げられた黄色い光を失った瓶を凝視していると、熱っぽい声で名前を呼ばれる。なんだかぞわぞわしながら声の主へ視点を移すと、声と同じ様に熱を帯びた瞳がわたしを見詰める。


「やっぱり君は私のことをそんなにも思ってくれているんだね!言ったじゃないか君と私は月の女神が手繰る運命の糸で結ばれているって!何も恐れることはないよ、さぁ…」

「おっと失礼」


 あ、メルセンツが崩れ落ちた。

 ハディスがぼそぼそと「君のためだ。これ以上醜態をさらすな」なんて呟いているけど、完全に落ちてるメルセンツには聞こえてはいないだろう。

 頼むわねと目配せすると、肩を貸している風に装ったハディスと、両足を引きずるメルセンツの2人はゆっくりと正門の馬車へ向けて、人の波と離れて行く。

 その後ろ姿を見送りながら、少し離れて連れだって歩くヴェンツ伯爵夫人と、フォーレン侯爵夫人が話す内容にそっと耳を傾ける。


「本当にあの子は……ラシン伯爵のご令嬢と共通の趣味を得て、仲良く占いに出掛けている様で微笑ましく思っていましたのに。占いではこうだと、頑なになったり……。趣味に傾倒し過ぎているのです。早く他に目を向けて欲しいものです」

「そんなことを言うものではないわ、クーペルノ。趣味くらい良いではないの。子供が嗜む程度の占いの趣味なんて、人となりに影響を与えるものでもないでしょう?」


 メルセンツが影響を受けていたのは、子供のお遊びの『占い』なんて可愛いものじゃない。

 もう既に祈祷師に買わされていた『壺』――ではなかったものの『薄黄色く光る液体』は、つい先刻の瓶の魔力が移ったメルセンツの反応を見れば、厄介なものだと分かる。


「とにかく、あの子を占い師のところへはやりませんわ」


 うわー!ヴェンツ伯爵夫人、相当鬱憤が溜まってるのか、拳を握り締めちゃってる。フォーレン侯爵夫人も、おほほ……なんて笑ってるけどあれは苦笑ね。


 結局、薄黄色の魔力の力が何なのか、はっきりとは分からなかったけど、急に暴走したメルセンツの反応を見てはっきりと分かったことが1つある。


『占いと、薄黄色い魔力を使う祈祷師』は、わたしの巻き込まれ婚約破棄に一役買っているらしい。

 偶然なのか、何か思惑があるのか……はっきりさせないと。

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