第19話 ハディスの胸目掛けてアイ・キャン・フライ!?
新たな靴音が響いて来たのは、わたしの隠れている方向からだった。
このままここで見付かったら、不審者扱いは当然として、快く搬入を変わってくれた業者さんや、大本のバンブリア商会にも迷惑をかけちゃうわ!まずい、何とかしないと。
咄嗟にアイリーシャの部屋と思われる、今は扉も窓も開け放たれた部屋へ飛び込む。
一か八かだったけど部屋には誰も残っておらず、こちらに背中を向けていたラシン夫人にも気付かれなかったみたいだ。
「母上!」
間一髪、青年の声が響く。先程の新たな靴音の主だろう。
「フィガリオ、アイリーシャの付き添いはどうなりましたか?」
「無事、送り届けて参りました。それよりも、私と入れ替わるように馬車が出立したようですが?」
「えぇ、あの子の侍女が……また、ね」
ため息交じりの重い口調で夫人が部屋を振り返る。
わたしは一気に壁際まで移動し、大窓に掛かる豪奢な遮光カーテンの影に隠れているから見付けられることはない。とは言え、腰の高さより上に窓の開口部があるから、カーテンは床に接地してはいない。
つまるところわたしは、窓枠の上に両膝を抱えて座っている。外からは丸見えな状態、完全にアウトだ。
「
カーテンの隙間から、そろりと部屋の中の様子を観察する。
確かに、さっき割れてしまった壺をはじめ、チェストの上の香炉や、月を象った置物など、黄色い魔力を纏ったものがそこかしこにある。得体のしれない魔力に囲まれていると思うと、それだけでぞわぞわと不快になって、ひっそりと両腕をさする。
「大丈夫ですよ母上。神殿には女神からの霊験あらたかな神官や巫女が大勢おります。彼等ならばきっとアイリーシャの気の病を取り除いてくれるはずです。お心を強く持ってください」
「けど、あの子だけじゃなく仕えていた侍女たちも身体どころか心をおかしくして、本当に大丈夫なの?祈祷師に入れあげただけでなく『珠の枝』だって勝手に持ち出して……。祈祷師と暗殺者なんかを雇うために家宝を勝手に持ち出すなんて、そんな愚かなことをする様な子ではなかったわ!世間では婚約者を奪われて心を病んだなんて言われているけど、じゃあその前からのあの子の行動は?この部屋にある怪しげな物たちはメルセンツと仲睦まじく行動を共にしている頃から
婚約者を奪われて……って、奪った覚えは微塵もないんですけどー!?もしかして世間ではわたしがメルセンツを誑かして、格上の伯爵令嬢の心を壊した悪役令嬢みたいに思われてるのぉ?商会に悪影響与えちゃうじゃなぃぃ!
カーテンの影で一人あたふたしていると
ガタリ
窓枠に腕が当たった――!
「何の音だ!?」
フィガリオの鋭い声に血の気が引く。
このままじゃ、婚約者を奪った泥棒猫が、ほんとに泥棒で窓枠に座る猫みたいな状態で見付かっちゃう……じゃなくて、関係各所に迷惑をかけてしまう。部屋の中へ逃げ出すことは出来ない。
それなら窓の外に脱出ルートはないの!?と視線を巡らせると、さやさや葉を揺らす木立の枝の隙間に、よく知る2人の、見慣れないこげ茶色の頭がそろってこちらを見上げているのが目に入った。
「!(なにやってる!)」
「!(お姉さま!)」
庭から見上げた2人が声にならない悲鳴をあげる。
室内から響く声に、何事か察して声は出さないでいてくれる。
咄嗟にハディスが走り出て、窓の下で両腕を広げる。
いや、まさか、
まごまごしていると、ハディスから濃い朱の魔力が吹き上がる。朱の魔力は
「(早く!)」
声は出さず口の動きだけで、わたしを急かす。
行けるのか?そう思った瞬間、ざわりと触れ心地の悪いもので全身を撫でられたような嫌な感覚がひろがる。腕を広げていたハディスが小さく息をのみ、目を見開くのが見える。
こつ・こつ
室内から足音が近付く。
飛べる!いや飛べない!飛べる? トベル!デキル!トベル!! いやちょっと待って! トベル! 違う!けど見付かっちゃう!なんとかしなきゃ!えぇーい!
心を決めて、わたしは窓枠を蹴った。
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