第7話 愛称呼び捨てなんて絶対不敬になるんでしょ?!

 なんと、散々だった夜会からは無事帰宅することが出来た。


 ただ、父や弟はその日のうちに衛兵らに呼ばれ、事情聴取が執り行われた様だった。

 わたしはと言うと、ずぶ濡れになったのと、いつもにない魔力の大量消費、そして黒装束から逃れた緊張の途切れから、程なく発熱し、翌々日の夜までベッドから出られなかった。

 学園は不審者の侵入を許した事もあり、警備の見直しのため休講となっている。ほんと、しっかりして欲しい。


 そんな訳で夜会から3日後の今朝、ようやく起き上がれるようになったわたしは、リビングで午前のティータイムを楽しんでいる。


「ほんと夜会では大変だったね~。あ、僕お砂糖は要らないんで」

「わたしは久しぶりのティータイムだから、こってり濃厚なディルク州産のミルクを入れようかしら」


 …………ごくり。


「いや、なんでくつろいでるんですか」


 胡乱気なわたしの視線をものともせず、なぜか斜め向かいのソファーでは、赤髪の男が長い足をゆったりと組んで紅茶に口をつける。

 わたしの隣の席では、弟のヘリオスがスプーンで5杯も砂糖を入れた紅茶を片手に、オロオロと視線をさ迷わせている。


「バンブリア男爵には許可をいただいたよ。それはさておき君のあの技、いったいなんなの?あと僕、君の護衛になったから」

「さくっといろんなコトを流さないでください!……って護衛ってなんですか!」


 ちょっと待って、情報量が多すぎる。

 父に許可を得たのは一体どれ?我が家の居間で紅茶を飲む権利なわけないし。護衛ってわたし単独の?半分庶民みたいなものなんですけど。しかも あの技 ってもしかして黒装束を投げたアレでしょうか……いや、あれは誤魔化せたはず ふひゅーひゅー♪……。


「なにが疑問なのか分かんないなー。取り敢えず、僕、ここの一階に住み込むから」

「同居!?」


 驚くわたしを余所に、ヘリオスは無反応だ。

 ヘリオスは、わたしの知らない情報を何か掴んでいると言うのだろうか?


「ヘリオスあなたカップの中身が全然減ってないんだけと、どうしてかしら?」


 じっとりとした視線を送れば、ごっくん!と大きく喉を鳴らして全ての紅茶を一気に飲み干すと、澄ました表情でカップを机上のソーサーへ戻す。いや、よく見ると、こめかみに汗のようなものが光る。冷や汗か?


「僕はお父様がそう決定されたということしか聞いておりません。僕に何を聞いても無駄です」


 何か触れてほしくない事があるのだろう。弟思いであるわたしは、一歳下の年頃の弟の踏み込まれたくない部分を、なにも言わずにそっと見守ってやろうと云う気持ちは持っているつもりだ。

 けれどこれは何かが違う。


「ヘリオス。お姉様が得体の知れない男に付きまとわれようとしているのを、知らんぷりするつもりですか?」

「ごめんごめん。言い遅れてたけど、僕はハディス。しがない貴族の三男坊。ハディって呼んでくれて良いよ。僕はきみの護衛だからね」


 姉弟の駆け引きに、するりと入って来る赤髪ことハディス。


「ハディス様」

「ハディ」

「呼びません!家名聞いたら、愛称呼び捨てなんてしたら絶対不敬になるお家ですよね!?一体どこのお家なんですか?怖すぎますっ」


 王家の紋章で『有翼の獅子』を象った装飾の施された服を着ていたこの男が、低位貴族である事は絶対にない。

 けれど、せっかく一緒に居るのに堅苦しいのなんて寂しいな~なんて、笑顔で言いつつも、家名は教えてくれないようだ。

 どうやら赤髪のお兄さんは秘密主義らしい。

 しかし、わたしも秘密いっぱいの女の子だ。前世の知識は、バンブリア商会の発展と云う名目の、わたしの良い生活と働き甲斐のために、家族以外には知られたくはない。ほどよく良いものを売り出して、そこそこの贅沢が出来たら万々歳だ。


 わたしの前世の記憶は、成長に伴い少しづつ増える形で現われて行った。物心ついた時から、ふとした時に「知っているはずなのに見知らぬモノ」の映像が脳裏に過ることが幾度もあった。記憶を掠める様に現れるその映像は、この世界のどこにも存在していない見たことの無い景色やモノだった。ただの夢ではないと確信したのは、起きている時に過る映像があった事と、夢にしては鮮やかで、詳細で、しかもどことなく懐かしさを覚えるものだったからだ。そして現われる情報量は、成長するにつれて増えてゆき、すんなりわたしに同化して行った。


 もともと父テラス・バンブリアと母オウナは、竹細工を扱う商店を経営していた。大きな商売があるはずもなく、ささやかな黒字がある程度の経営だったけれど、わたしに優れた発想力がある――前世の記憶があるだけだったのだけれど――と知るや、自分達の生活費を切り詰めても、わたしに一流の教養を身に付けさせてくれた。

 わたしはわたしで、記憶にあるものを実現化するのが楽しく、またバンブリア商会が潤って行く事に遣り甲斐を見いだして現在に至っている。


「ではお嬢様、本日のご予定をお聞かせ願えますか?」


 ハディスは本気で、わたしの護衛として一緒に行動するつもりらしい。

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