第8話 それはハディスではなく暗殺者に言った言葉です!
学園全クラスが臨時休講となったため、今日のわたしの行動予定は、作りためていた新作の衣料品や装飾品を、母がオーナーとなっている王都のバンブリア商会本店へ持って行くことに決めた。タイミングの良いことに、今日は新商品企画会議が行われる。
実際に仕入れ・販売を手掛ける商会役員の面々に開発品アピール『プレゼン』をするのだ!
いつもながら、このドキドキわくわく感がたまらない。
ハディスも護衛として同行するつもりらしい……。恐れ多すぎるのと、何を考えているのか解らないのとで何度も断った。けれどもその度に「バンブリア男爵の許可も、ちゃんと貰っているよ」とか「置いてけぼりは僕が寂しいから却下ね~」なんて軽くあしらわれて、全く聞いてはくれない。いや護衛って護る相手のことをもうちょっと尊重したりするんじゃないの?
ちなみにバンブリア商会でも、護衛は雇っている。希少な素材や、高価な道具などを運搬、販売する過程で商品を狙われたり、商会主やその家族は狙われることがあるからだ。
商品が狙われたところはまだ見たことはないけど、わたしは何度か誘拐されそうになったことがある。
幼少期からの自己研鑽―――と言う名目の前世知識・イメージを利用したトレーニング―――のおかげで、いつも未遂で済んではいるけど。
屋敷から馬車に乗り込む私は、
屋敷も、商会本店も同じ王都にあるから、充分歩いて行ける距離ではあるのだけど、誘拐対策のため馬車を使うこともある。他の方法をとることもあるけど、今回はハディスも一緒なので、一番無難な方法にした。
「よろしくお願いするわね」
にっこり告げると、いつもなら快活な笑みと共に「了解!」と応えてくれるはずの馭者の
「いやぁ~、お嬢様もすみに置けませんなぁ。商会中の男達が、今日は仕事が手につきませんね」
「なななっ」
「それは申し訳なかったねー。でも僕の気持ちは一方通行だから、護衛に専念してるつもりなんだけどな」
ぼふんっと音を立てるように、一瞬でわたしの顔と言うより頭部全体に熱が昇る。けれど、隣に立つハディスの笑みが、あまりに整いすぎていて一瞬で熱が引く。あぁ、社交慣れしている人の造り笑顔だ・と。そんな顔が出来るだなんて、ほんとにどこのお貴族様かな?!
「怖すぎるから、冗談でもやめてください……」
「えっ!お隣にいらっしゃるのがあまりに様になっているのでてっきり……。ようやくお嬢様のお眼鏡に叶うお方が」
「あー!あー!!あー!!!ほんとにほんとにっやめてください」
なんてことを言うのかな?うちの馭者さんは。わたしは、商会発展、新商品開発がまだまだ楽しいし、婿探しはまだ先!それに、わたしがこんな貴族らしい顔を造れる人と様になってるなんてあり得ないし、不興を買ったら後が怖すぎるからっ!
「あぁ、なるほどー。護衛に慣れないから。けどこの位置でも問題ないよね」
慣れないって言ったよね?
「あまり皆さんが冗談を言ってからかわれるのでしたら、わたし本店まで走っていってしまうかもしれません」
「お嬢様はホントに出来てしまうからやめてください」
「えっ」
目を剥いたハディスは無視して、さっさと馬車へ乗り込んだ。
王都の上流階級御用達の店が軒を連ねる大通りに建つ、ひときわ大きな赤レンガの四階建ての建物、それがバンブリア商会本店だ。周囲が2階建てばかりだからひときわ目を引くその建物は、店舗兼事務所となっている。
「お待ちしておりました。お嬢様」
商会の正面に到着すると、既に待っていた母オウナの執事が馬車の扉を開けてくれる。
ハディスが素早く馬車から降りると、わたしに向かって手を差し出して来た。が、その時には既にわたしは馬車からピョンと飛び降りたところで―――。
「「………」」
2人で無言で顔を見合わせ、それを傍で見ている執事は咳払いをする様に口元に握った手を当てているが、微かに肩が震えていた。
『商会長室』と金属のプレートが取り付けられた部屋までわたしたちを先導した執事が、軽やかに扉をノックする。
「いらっしゃい!セレネ。待ってたわ!」
紺のスーツを纏い、赤みの強い華やかなマリーゴールド色の髪をスッキリと後頭部に結い上げた母オウナが、重厚なオーク材のデスクの向こうで立ち上がる。
執事が手前のソファーを勧めるので、そっと腰を下ろす。それから間をおかず、ふわん・と座面が揺れ、隣に座る影が視界の端に入った。
「護衛、でしたっけ?」
「そうだねー」
テイーカップを傾けるハディスから、良い笑顔が返って来た。ソファーテーブルを挟んで正面に腰を下ろした母も苦笑している。
「みなさんお揃いですか?」
「えぇ、役員一同あなたの新作を心待ちにしていたもの!すぐに揃うわよ。私だってこの場で先に見せて欲しいと思うくらいには、ワクワクしているんだから」
母が目をキラキラさせて一点を見詰める。その様子は、まるで恋する乙女だ。ただし視線の向かう先が、わたしの大きなバッグでなければ。
「バンブリア男爵婦人も、君も、商売が大好きなんだねー。商会に関わることには、二人とも同じような表情をしてるよ。入婿になって一緒にバンブリア商会を盛り立ててくれる人が希望だっけ?納得だなぁー」
「はぁ!?」
微笑ましいものを見ているように笑顔をわたしに向けるハディスの言葉に、母の低い声が続く。
「セレネ……あなた閣下に一体何を言っているの!?」
ギギギ…と音を立てそうな動きで、母がバッグからわたしの顔へと首を上げる。いえ、誤解ですお母様!それは閣下?ハディスではなく暗殺者に言った言葉です!――ん?余計悪いのか??
そんなタイミングで会議の開始を知らせに来たノックの音が無情に響く。
お陰でわたしは言い訳する間もないまま、母の胡乱な視線を受けつつ会議室へと移動することになったのだった。
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