第二話 脱少数派

 その後、自分の教室まで戻った僕は職員室のある棟の方向に伸びているくせに行き止まりの廊下や一階と三階は繋がっているのに二階は別の棟に行く渡り廊下など、様々な困難を華麗に回避しつつ遂に職員室まで辿り着くことができた。ちなみに今回呼ばれた先生がいるのは文系の先生がいる第一職員室で、他にも担当教科よって第三まで職員室が存在している。

 「一年c組の天鬼です。佐藤先生いらっしゃいますか。」

職員室の中をチラッと覗くと教員用の机と圧迫感を感じるほど高く、たくさんの本棚が目に入った。

「おぉ……。」

読書が趣味の僕にはかなり魅力的で、しばらくの間お上りさんの様にボーッと見上げていた。

「やぁ天鬼君、ご苦労様。」

「あ、先生、来ました。」

気がついたら目の前に立派な髭を蓄えた中年の男性が立っていた。佐藤先生は国語を担当していて髭にスーツにサンダルというのが特徴の物腰柔らかな人だ。

「今日はなんでしょう。」

今日ここに来た目的を果たすとしよう。

「いやね、大したことじゃないんだけどね、天鬼君にお願いがあるんだよ。」

「なるほど。」

お願いか、すぐに済むものであって欲しい。

「君、部活入ってなかったでしょう、だから提案なんだけどね、私が顧問をやっている文学部に入って欲しいんだよ。」

文学部、大学の学部みたいな名前の部活、正直に言って全然入りたいと思わない。入って何をしなければいけないかも分からないし、書くのも読むのも一人でできることだし、今の自由な時間に慣れきってしまったせいで部活動で拘束されるのが面倒に感じる。

「確かに僕本はよく読みますけど、文学部に入るほどのものじゃないですよ。」

「いやいや、何もそんな本格的に活動して欲しいって訳じゃなくてさ、存続のために名前だけ貸して欲しいんだよ。」

おかしい。うちの学校の校則には存続に必要な人数なんてものは存在しないはずではないか。この学校で部が廃されることがあるのは……。

「部員が一人なんだよねぇ。残念ながら。」

やっぱり。どこの学校にでもあるとは言わないけど、読書が好きな生徒が一度は考えるような部活がそんなにも不人気なのか。しかもこれだけの生徒数を抱えながら。

「この学校の文学部はね、ここができた当初からずっと絶える事なく続いてきた歴史ある部でね、実は私もこの学校の文学部に所属してたんだよ。」

「なるほど。」

この学校が造られたのが今から大体一世紀前のはずだから、とんでもなく昔からあることになる。確かに百年の歴史が途絶えるのは勿体無い気がする。

「ああ、もちろん名前を貸してもらうとは言っても、書類上は正式な文学部の部員だから部室とか備品は自由に使ってもらっていいからね。」

ほう。

「今はこんなだけれど昔はかなり大人数で活動していてね、それなりに大きな部室だし、今までの先輩が残していった本やら家具やらが充実してるし、かなり快適だとは思うよ。ソファーとかもあるし。」

ほうほう、思ったより悪くなさそうなのではないだろうか。ここのところずっと決まったジャンルの本しか読んでいないし、誰かが選んだ本を読んでみるのも悪くない。それに放課後に部室でゆっくり読書して下校するってなかなか特別な感じがしてワクワクする。

「それで、どうかな。」

「まあそれくらいなら、大丈夫ですよ。」

たまには欲望に正直になる方が上手くいくこともある。と思う。

「あ、そう。じゃあ今度放課後に一応その一人の先輩と顔合わせしに行こうか。明日は職員会議があるから来週にしよう。」

「わかりました。」

こうして天鬼少年はこの学校での少数派を卒業することとなった。

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