第2話 マリーの日常2

 エリンが洗濯カゴを置きにくるのに3往復目を終え、次を取りに行ってからどれだけ経っただろう。そういえば遅いな、と思ってからもうすでにシーツを5枚洗い終えていた。

 見に行った方がいいのか、でもお洗濯はまだ終わっていないし、洗いあげたものをお姉さん給仕に渡しに行かなきゃいけないし。むしろそろそろ待ちくたびれたお姉さん給仕が取りにくるのではないか。そうなったら小言の一つも貰わないといけない。怒られるのは嫌だ。

 ならまずお姉さん給仕に洗いあげたものを渡しに行くのが先だ。大きなシーツは2人で絞らないと水をしっかりきれないので、1人で絞り切れる小さめのものをカゴに入れた。


 干し場は各寮の屋上に設けられている。日当たりが良く、風通しも良いためとても乾きがいいのだが、そこまで持っていくのが一苦労だ。誰か洗ったものを取りに来てくれたらいいのだが、何せ私たちが一番歳下で、一番下っぱだ。取りに来てくださいなんて口が裂けても言えない。

 寮の外に設置された階段から干し場へ向かう。水分を含んだ布はさらに重量を増して体に負担をかけた。


 「マリー!そろそろ行こうと思ってたわ」


 階段の上から声がした。赤い髪を靡かせて、お姉さん給仕のアマンダさんが駆け降りてきた。

 キリッとした眉目と肩のラインできっちり切り揃えられた赤い髪が、彼女の気の強さと几帳面さを表しているようだ。


 「いつもなら持ってくる頃なのに全然こないし、どうしちゃったのよ」

 「今日から組み合わせが変わったので、ちょっと要領が掴めなくて」

 「あぁ、今日から新しい子が来たのね。それなら仕方がないわ。持ってきたのもこれだけみたいだし、私取りに行くから次早くしてね。乾かないから」

 「わかりました」


 私の手にあったカゴをひょいと回収し、アマンダさんは軽々と階段を登っていった。仕事のできるかっこいい先輩だ。

 エリンが帰ってこないので遅れているが、エリンのおかげで怒られずに済んだ。複雑な気持ちで私は登りかけの階段を降りた。とにかくエリンを探して、お姉さん給仕にお言葉いただいていることを言わないと。

 

 階段を降り角を曲がって、水場の方を見るとエリンの金髪と、別の人影が見えた。誰だろう。私は、小首を傾げながら駆け出した。


 良く見るとそれはこの寮にいる兵の1人だ。手には洗濯物がいっぱい入ったカゴを持っているじゃないか。エリンまさか。私は走る足を早めた。


 「エ、エリン?!」

 

 兵と談笑しているエリンを呼ぶ。


 「あら、マリーどこに行っていたの?」

 「それは私のセリフよ。全然帰ってこないから先に洗ったものを……。それよりなにしてるの?!」

 「何ってシーツを持ってきたのよ。確かにお話してて遅くなってしまったわ。ごめんさない」

 「持ってきたって、持ってきていただいてるじゃない。すみません!すみません!!」


 私は兵が持っているカゴを奪うように掴んだ。それはまあ私が持てないほどの量を詰めてあり、奪うと同時に地面に落としてしまった。


 「あぁ!ごめんなさい!!足に落ちてません?」

 

 あわあわとカゴの奥にある兵士の足を見たが、大丈夫だよ、と足を上げて挟まれていないことを教えてくれる。

 あぁ、もうなんてことだ。初日とはいえ、なんて不躾なことをするんだ。

 私はエリンの行動と今の状況で頭の中がぐるぐるしていた。

 そんな私を見て兵は、ハハハと大きく笑った。


 「気にしないでいいよ、僕が運ぶと言ったんだ。それに防具に比べたらこれぐらい軽い方だよ」

 「で、でも」


 お国の騎士様の手を煩わせるようなこと、誰かに見られていたら何を言われるか。

 周囲を挙動不審にキョロキョロと確認する。幸い誰もいないようだが、どこに人の目があるかなんてわからない。私はあわあわと口をぱくつかせることしかできなかった。


 「エリン、残りも持ってきたらいいのかな」

 「いいんですか?」

 「うん、僕が持ってきた方がきっと早いからね」

 「ありがとうございます!」


 じゃあと彼はそのまま寮へ向かってしまった。

 

 「あぁ……」

 

 止めることもできず、言葉を漏らすことしかできない私の横を通り過ぎ、エリンはパシパシと洗濯を始めている。私だけ後手後手だ。


 「エリン、なんで手伝ってもらってるの?」

 「え?だめかしら」

 「ダメってわけじゃないけど……」


 キョトンとするエリンに対峙するとなんと言っていいのか難しくて口籠もってしまう。


 「人を選んだ方がいいというか……」

 「でもあれは彼の好意よ?ありがたいじゃない」

 「ありがたいというか、申し訳ないというか」

 「マリーは難しく考えるのね。好意はありがたく受け取って、あとで返したらいいじゃない」


 ね、と私の方が丸め込まれてしまう。私より口が立つエリンの前ではたじたじだ。

 とはいえ、彼女のいうことも一理ないわけではない。まあ本来ならば頼むべきではない相手ではあるし、どういう状況で彼女が他人の手を借りるに至ったのかわからない。ある種私は部外者なので、彼女への好意を第三者の私が無碍にするのもおかしい。

 納得したわけではないが、私はうんと頷いて、彼女の横にしゃがみ込んだ。


 やはり、体躯の違いは肉体労働においてすごく差が出る。

 私たちがやっとこさで運んでいたものはあっという間に水場に持ち出され、兵はなんともない顔でこれで最後だよ、とカゴを置いて、挨拶もそこそこにエリンに手を振って颯爽といなくなってしまった。

 もう頭が全然ついていっていない。


 「よーしこれで洗うことに集中できるわね!」


 なんて笑いかけでくる彼女の肝はどんな玉座に座っているんだ。と感心さえした。

 しかし、だ。

 

 「エリン。やっぱりダメだと思う。自分の仕事を他人にさせちゃ」

 「だから、させたんじゃないわ。手伝ってもらったのよ」

 「だから、それが良くないって」


 少しムッとしている彼女に、彼女の調子で返す。


 「なんで?」

 「だってあの人騎士の人だよ?お仕事の手を止めてまで私たちの仕事雑用なんてさせてはダメよ」

 「私がしろって言ったんじゃないわ。話の流れで手伝ってくれることになっただけよ。それにすごく助かったじゃない」

 「でも……」


 エリンは怒っているわけではないのだが、少し語気が強まっているのを感じ、私は下を向いて口籠もってしまった。そんな私にエリンは小さくため息をついた。


 「ごめんなさい、勝手なことして。これからは気をつける」


 まるで駄々をこねる私の機嫌を取るような言い方だった。

 そして続けて言った。


 「マリー、あなたって結構頭が硬いのね」




 

 

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