第13話 早過ぎる再会②
「あらあ、こんな場所で出会うなんて奇遇よねえ。運命感じちゃうわ!」
出口で待ち構えていたウルは、わざとらしい演技をしながらそう言った。
「……嘘を吐くな。そもそも、ここに辿り着いた理由は? 私達がここに来ることを知っていなければ不可能だろう?」
「いや、偶然よ、偶然。夜風に当たろうと思ってブラブラ歩いていたら、変な洞窟を見つけちゃってね。探検するには、もう真っ暗でしょう? だけれど、気になる空間だとは思っていてどうしようかと思っていたら、声が聞こえてきたのよ!」
胡散臭い。
あまりにも胡散臭すぎて、演技ではないのかと逆に思ってしまうぐらいだ。
しかし、ここでこう長々と話していると、それはそれで問題だ。今頃、屋敷ではお姫様の行方不明にてんやわんやになっているに違いない。だとすればこの通路も捜索の範囲内になるだろう。
「……あなた、何処かで見たことがあると思ったらバーガンズのお姫様じゃないかしら?」
「さっきからずっと余計なことばかり口出ししやがって。……何がしたい? これをネタに私達を強請るか?」
ここはもう強硬手段に打って出るしかない。
私は喧嘩を売るつもりで、敢えて態度を変えてみることとした。
「強請る? ……いやあ、私はそんなこと考えたこともないわよ。第一、強請ったところで何が出て来るのよ。メリットなんて何一つもないのに、それだけで話を進める訳がないじゃない?」
「……じゃあ、何故ここに」
「偶然よ、ぐ、う、ぜ、ん。そうじゃなきゃ、こんな時間にこんな場所で会うことはないでしょう? それともあなたは偶然だとか奇跡だとか信じないリアリストだったりするのかしら?」
「生憎、信じている神は居ないものでね」
私の言葉を聞いたウルは目を丸くしていた。そんなに無信仰が珍しいか?
「最近増えてきたわね、神を信じない人達……。けれど、それも悪くないとは思うわ。一つの考え、一つの生き方、一つのアイデンティティとして受け入れるしかないのよね。人間はそうやって、誰かのエゴと自分のエゴの棲み分けをしているんだから」
「神なんて居るかどうかも分からないだろ。……世界樹だって、ただの木だ」
「世界樹教団に全面的に喧嘩を売っちゃう言動よ、それは……。昔から世界樹には色々な言い伝えがあるでしょう? 世界樹の地下には、神が棲まう空間があるとかどうとか」
「そんなの、実際に発掘してみないと分からないじゃないか。それとも誰かが発掘してみたのか?」
「出来る訳ないでしょう。世界樹教団にとっては神にも似た存在なのよ。そんなものを勝手に壊すなんてこと、許される訳が……」
つまりはあくまでも言い伝え、ということだ。
別に良いんだけれど、そんなあからさまに有り得ないことばかりが広まってもなお、人はそれを信仰するものなのだろうか? 陶酔しちゃっているから自己判断が出来ない、ってことなのかね。
「……今はそんなことを話している場合じゃないと思うよ、イズン」
言ったのはソフィアだ。
私のことを全て分かったような物言いで話しているけれどね、そんな簡単なことじゃないんだよ。ここで見逃してしまったらいつか取り返しの付かないことが……。
「あらあ、私は何かやらかすんじゃないかと……そう考えているの? だとしたら心外ね、そんなことこれっぽっちも考えたことなんてないのに」
「やらかすかやらかさないかを判断するのは、本人ではないんだよ。それぐらい分かるか?」
「人間社会で生きていく上では覆せないことだからねえ、自分が良かったとしても他人が良くなかったら全て駄目。一人で全部こなせる超人でもない限り、それは無理な話だからね」
分かっているじゃないか。
だったらこっちが長々と話していることについても、少しは納得してくれるだろう?
「納得はするわよ。けれど、それを理解したくはないわね」
駄々をこねたって何も始まりゃしないんだぞ?
「駄々をこねるのは子供の特権とばかり認識していたけれど、案外そうでもなかったりするのよね……。私も長くこういう旅芸人をしていると分かってくるものよ。分かっているからこそ、分かりたくないとでも言えば良いのか……」
「分かりにくいな。しかし、否定するつもりはないよ。それは概ねあんたの言う通りだからね。……でも、だからといってこっちが譲歩したつもりはない」
「別に譲歩なんてしなくても良いんじゃないかしら? ……私としては平和主義者でありたいものなのだけれどねえ」
「平和主義者?」
いやいや、何を言うか。
そんなフワフワとした言動でありながらも――目は笑っていないじゃないか。
「平和主義者、その言葉に少し引っかかっているようだけれど、別に私は嘘を言ったつもりはないわよ。私だってちゃんとそこは弁えているつもりだし。……ただまあ、私としては色々と面倒臭いことはご勘弁願いたいけれどねえ」
「……なあ、旅芸人のウルさんよ、一体何が目的でここに居た?」
私は回りくどい話が苦手だ。
だからさっさと話を一段階すっ飛ばして、結論へ導こうとした。
「結論、そこよねえ……。私が何故ここに居るのか、ということについては偶然ここに居た――ってことじゃ納得してくれなさそうだし?」
「当たり前だ。……そんな御託はどうだって良い。お前にとって何かしらのメリットがあるから、こうやって今目の前に居るんだろう? 人間、メリットがなければ動くこともしない。中にはそんな人間も居るかもしれないが……、しかしてそんな人間なんて滅多に居やしないからな。ここに居る、脳内お花畑のお姫様みたいな人間なんてそんな多く居てたまるか」
「今イズン私のこと馬鹿にしたでしょう? 何で急に馬鹿にしたのよ……」
面倒臭いお姫様は一先ず放置することとして、
「……ま、簡単に言えば興味かしらねえ」
長い沈黙を破って、ウルはそう呟いた。
「興味?」
「ほら、お姫様というのは謎が付き物でしょう? そんな存在であるからこそ、私は気になっていたのよ。別にそれが目的であの屋敷に行った訳ではなく、そこに関しては全くの偶然。……とはいえ、それを証明するものなんてありゃしないのだけれど」
「謎めいたお姫様、ねえ……。まあ、そう言うのも仕方ないか」
個人的には予測不可能な行動があまりにも多過ぎて、不気味が勝っているのだがね。
「……ねえ、旅芸人さん」
「私にはウルって名前があるのよ、お嬢さん?」
「ソフィアだよ。……ウルさん、あなたも一緒に世界を救ってくれる?」
「……世界を救う? どういうこと? 幾ら何でも突拍子がなさ過ぎじゃない? もっと話を考えて欲しいような、欲しくないような……」
「だから言ったでしょう。彼女はそういう人間だ――って。ってか、ソフィア……あなた、何を言っているの?」
私の頭痛の種を増やすつもりか。
「世界を救うならもっと人が多い方が良いよ。勿論、誰から誰まで何も考えずに加入させるのも良くないかもしれないけれど……、結局は強いか強くないかで判断すれば良いのだろうし」
つまり、彼は強いと判断したのか?
実際の動きを見た訳でもないのに、そう簡単に話を進めて良いものか。
しかし一度ウルに話をしてしまったからには、当の本人はとても嬉しそうではある。
「……仕方ないわね、これも乗りかかった船、って奴かしら」
ここまで来たら、もうやれるところまでやるしかない。
例えそれが悪手であったとしても、それを最大限良い方向に持っていかないとやってられない。
まあ、その時は全力でソフィアにざまあみろって言ってやる。それぐらい言ったって、罰は当たらないはずだ。
――かくして、私達の三人パーティーは成立した。
これが長い時間旅をすることになるんだろうが、実際どう進んでいくのかは――神様ぐらいにしか分からないだろうね。
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